自己と他者の統治―コレージュ・ド・フランス講義1982‐1983年度

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  • サイズ A5判/ページ数 498,/高さ 22cm
  • 商品コード 9784480790521
  • NDC分類 135.5
  • Cコード C0310

内容説明

政治におけるパレーシアとは何か―フーコー哲学の到達点を示す最晩年の講義。カント「啓蒙について」からパレーシア概念へ―稀有な哲学者が織りなす最晩年の思考の閃光。

目次

方法についての注釈
カントのテクスト「啓蒙とは何か」の分析
刊行に関する条件:雑誌
キリスト教世界の啓蒙とユダヤ教世界のハスカーラーの出会い:良人の自由
哲学と現在性
フランス革命についての問い
批判の二通りの継承
未成年状態という観念:本来的な無能力でもなく、権利の専横的な剥奪でもない
未成年状態から抜け出ること、批判という営みを行うこと
三つの『批判』の影〔ほか〕

著者等紹介

阿部崇[アベタカシ]
1974年生まれ。現在、青山学院大学准教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

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レートー・タト

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冒頭のカント『啓蒙とは何か』の分析を読むと、前年度講義『主体の解釈学』にて、繰り返し述べられていた他者による知識開示と言うモチーフや、それ以前の諸講義・諸著作の内容に、「啓蒙」=「抜け出る」という点を中心に一大連続性を見いだせる。色々な意味で彼の思索のアルファオメガはカントだと思われる。人間主義が余りにも馴染み深いシステムとして根づいている為、人々はそれを監禁的なものと経験していない。フーコーは、「現在性の啓蒙」=「人間主義を監禁的なものに還元する」ことで、そこから「抜け出る」ことを促すのである。2011/01/06

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