ちくまプリマー新書<br> 「わたし」が死ぬということの哲学

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ちくまプリマー新書
「わたし」が死ぬということの哲学

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  • サイズ 新書判/ページ数 256p/高さ 18cm
  • 商品コード 9784480685520
  • NDC分類 114.2
  • Cコード C0210

出版社内容情報

体、こころ、そして「自分」がなくなるとはどういうことか──「死」とは一体どのような事態なのか?

死ぬのは怖い──しかし、「体」が死ぬことと「こころ」が死ぬことは重なり合っていないのならいったい「死」とはどのような事態なのだろうか? 今ここにいて物事を感じている「自分」とは何か。生物学、意識科学、哲学を横断し、根源的な問いに迫る。

生きていることの根源に迫り、人間観が刷新される。


【目次】

第一章 体が死ぬということ

生物の体はどこまでが生きていてどこまでが死んでいるか。

あいまいな境界と、関係の連なりとしての体。



第二章 こころが死ぬということ

今、何を感じ、考え、認識しているかという経験としての

意識が途切れることは「自分」が途切れることなのか。



第三章 自分が死ぬということ

なぜ社会からハブられるだけで人は死ぬのか。

「人間でなくなる」とはどういうことか。



第四章 死への処方箋

人間としての物語の終わりと折り合いをつけるための

「平気で死ぬこと」と「平気で生きること」。

内容説明

死ぬのは怖い―しかし、「体」が死ぬことと「こころ」が死ぬことは重なり合っていないのならいったい「死」とはどのような事態なのだろうか?今ここにいて物事を感じている「自分」とは何か。生物学、意識科学、哲学を横断し、根源的な問いに迫る。

目次

第一章 体が死ぬということ(生物の「死」の科学;体のあいまいな境界;関係の連なりとしての体)
第二章 こころが死ぬということ(動物意識―起きていること;他動詞的意識―体験し、知覚する;通時的意識―一続きの「自分」)
第三章 自分が死ぬということ(計ることのできる「快」と「死」;何が「私」を一続きにするのか;社会的死―ホモ・サケルであること)
第四章 死への処方箋(尊厳療法と辞世の句;やってくるものと正岡子規;平気で死ぬことと平気で生きること)

著者等紹介

兼本浩祐[カネモトコウスケ]
1957年生まれ。すずかけクリニック医師。中部PNESリサーチセンター所長。愛知医科大学名誉教授。京都大学医学部卒業。専門は精神病理学、臨床てんかん学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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よっち

27
「わたし」が死ぬということはどういうことか。生物学、意識科学、哲学を横断し、根源的な問いを丁寧に掘り下げる1冊。体が死ぬこととこころが死ぬことは本当に同じ事態なのか。体・心・自己の境界を科学的に解き明かして、一人称の死という捉えどころのない現象に正面から向き合っていく内容で、生物学的な死の定義から意識のあり方や自己同一性の哲学的議論までを解説しながら、身近な死の恐怖と生きている実感を結びつけて、自分が消えるとはどういうことか、避けられない死を体感的に感じさせることで、生きることの根源を問い直していました。2026/05/06

pppともろー

4
「生き物としての死」ではなく「わたしとしての死」。意識と身体。このレーベルにしてはかなり難しい。2026/05/15

4
研究者や医者や哲学者の名前がいっぱい出てきます。難しかった。第三章からぐっとほぐれて読むことができたが、何かずっと高ーいところに放り投げられて、望遠鏡で話を覗かされているかのような…ちっさいのが見えたような…笑。 「私」という意識の発達の途上で「われわれ」は「われ」に先行しているのでは、という筋立てが面白かった。子育てで確かに、小動物が人間になってゆく過程を何度も見たから。2026/05/13

Go Extreme

2
👤自我の消滅:わたし=記憶+意識の連続性➡死=全データ消去 🧠脳と心:脳の活動=心(意識)⇔脳死=わたし(主観的世界)の完全な終焉 ⏳時間の限界:生=有限の時間⌛+可能性➡死=未来のゼロ化(可能性の拒絶) 🌌他者との関係:わたしの死=他者の世界から「不在」へ:残された人々の記憶へ移行 ☯️無の恐怖:死=痛みの持続マイナス(存在そのものの喪失)=究極の未知 🍃生の逆説:死を意識=生の輝き+意味の再構築:死=生を規定する境界線2026/06/09

Asakura Arata

2
これを読んでも、死の得体の知れなさや恐怖は解決しなかった。手荒く表現されているところが多くて、なんだかはぐらかされている感が残る。西洋的思考だとあれこれ手続きが多くて大変だ。2026/06/08

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