出版社内容情報
表詩を、作者の心情の直接的発露であり、それを伝える手段だとする見方は根強い。だが、詩において言葉は日常の用法とは異なる態度で取り扱われる。それゆえ、著者が「詩は表現ではない」と明言したとき、旧来の詩観は大きく揺さぶられることとなった。言葉を関係性によって捉えることが重視され、「作者─発話者─主人公」の区別に紙幅が費やされる。これらを通し、われわれは詩がどのようにして成り立つのか、その秘密に近づけるだろう。詩とはいったい何か。この問題を追究したものとして本書に並び立つ書はいまもって少ない。実作者も鑑賞者も一度は読んでおきたい詩作品入門。
解説 野村喜和夫
内容説明
詩を、作者の心情の直接的発露であり、それを伝える手段だとする見方は根強い。だが、詩において言葉は日常の用法とは異なる態度で取り扱われる。それゆえ、著者が「詩は表現ではない」と明言したとき、旧来の詩観は大きく揺さぶられることとなった。言葉を関係性によって捉えることが重視され、「作者―発話者―主人公」の区別に紙幅が費やされる。これらを通し、われわれは詩がどのようにして成り立つのか、その秘密に近づけるだろう。詩とはいったい何か。この問題を追究したものとして本書に並び立つ書はいまもって少ない。実作者も鑑賞者も一度は読んでおきたい詩作品入門。
目次
1 手もちの材料と道具の点検(詩は表現ではない;作品の構成の素材は単語だけではない;詩が、主として語のイマージュに依存するという考えは不適当であり、同様に、比喩(直喩・暗喩)に主な拠り所を持つという説にも、無限定には同意できない
個々の要素の持つ意味の重層性や潜在的情動力は、適切な構造の中にところを得て、はじめて発揮される
擬物語詩は、あり得べき詩作品の構造の一つのタイプである)
2 なぜ詩の構造を云々するのか
3 基本的な諸問題についての雑然たるメモと、そのまとめ(作品とその要素(素材)
素材としての言葉のありよう
言葉を素材とするということ
詩人―発話者―主人公
どんな作品においても“詩人”と“発話者”は別である ほか)
補遺1
補遺2
著者等紹介
入沢康夫[イリサワヤスオ]
1931‐2018年。島根県生まれ。詩人、フランス文学者。東京大学文学部フランス文学科卒業。同大学大学院フランス語フランス文学科修士課程修了。詩集『季節についての試論』でH氏賞を受賞。長詩と注釈からなる『わが出雲・わが鎮魂』で読売文学賞を受賞。『入澤康夫〈詩〉集成1951‐1994』『唄―遠い冬の』の詩作で毎日芸術賞受賞。詩論も多数執筆。『ネルヴァル全集』の監修や『新校本宮沢賢治全集』の編集にも携わる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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