出版社内容情報
幻の隠岐共和国、柳田国男と南方熊楠、人間としての蓮如像等々、非・常民文化の水脈を探り、五木文学の原点を語った衝撃の幻論集。
内容説明
幻の隠岐共和国、隠れ念仏の神仏習合的なあり方、柳田国男と南方熊楠の違い、人間としての蓮如像、親鸞との関係、そして、著書自身のルーツを語る「わが父、わが大和巡礼」「漂泊者の思想」へと、いずれも正統と異端、民族と土俗、定住と漂泊などのテーマを展開する九篇。正史から消された、もう一つの日本をあぶりだし、隠された日本人と日本文化の基層を探る。
目次
隠岐共和国の幻
「かくれ念仏」の系譜
日本重層文化を空想する
柳田国男と南方熊楠
乱世の組織者・蓮如―蓮如とその時代1
人間としての蓮如像―蓮如とその時代2
蓮如のなかの親鸞―蓮如とその時代3
わが父、わが大和巡礼
漂泊者の思想
著者等紹介
五木寛之[イツキヒロユキ]
1932年福岡県生まれ。朝鮮半島より引き揚げたのち、早稲田大学露文科に学ぶ。編集者、作詞家、ルポライター等を経て、66年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、76年『青春の門』(筑豊篇他)で吉川英治文学賞を受賞。2002年に菊池寛賞を、英語版『TARIKI』が2002年度ブック・オブ・ザ・イヤースピリチュアル部門を、04年には仏教伝道文化賞、09年にはNHK放送文化賞、10年『親鸞』が毎日出版文化賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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1.3manen
39
1993年初出。日本人は悪く言えばあいまいさ、よく言えばおおらかさの中で、お葬式は仏教、結婚式はキリスト教、新築は神式で(14頁)。先行文化というものは、底辺に入ってくる。雑なかたちで、体系されていない流行や風俗で、ごちゃごちゃ、なまなましいかたちで入ってくる(135頁)。日本の道徳では、賢者弁べず。だが蓮如は、喋ることは大切と言っている(179頁)。人間、幸せなときは、政治、信仰を考えない。必死に生きても望みないときに、信仰は強く表れる(196頁)。的を射ている。2016/04/25
fseigojp
13
大仏二郎同様に晩年の歴史研究が素晴らしい。龍谷大学で仏教を勉強した著者の講演集 1.隠岐コミューン(明治初期)があった。2.隠れ念仏と隠し念仏の違い。3.仏教は民衆レベルで土俗信仰と習合して受容されていったはず。4.南方が柳田に卑猥習俗を研究しているのに公序良俗のため発表せんというのはおかしいとかみついている2015/07/27
狐狸窟彦兵衛
2
「漂泊者」は、権力者、統治者の目からは、「居を定めない」「諸所転々とする」「正体不明の」「普通の生活ではない」「得体のしれない」「不真面目な」つまり「まつろわぬもの」達なのでしょう。しかし、漂泊者たちには、漂泊者たちのものの見方があり、道理がある。歴史があり、文化がある。そういうことを蓮如、民俗学、ロシア文学、自身のライフヒストリーという一見無関係に見える論題で語りながら、「日本」という社会、歴史の底流にある「別の生き方」をじっくり語っているように思いました。 2014/12/26




