出版社内容情報
ファッションやモードを素材として、アイデンティティや自分らしさの問題を現象学的視線で分析する。「鷲田ファッション学」のスタンダードテキスト。
内容説明
ひとは服なしでは生きられない。流行に巻き込まれずに生きることもできない。流行(モード)という社会の時間と身体の感覚とがせめぎあうその場所で、“わたし”という存在が整形されてゆくのだ。ファッションやモードを素材として、アイデンティティや自分らしさの問題を現象学的視線から分析する。独自の哲学的なモード批評を切り拓いた著者による、ファッション学のスタンダードテキスト。
目次
第1部 ひとはなぜ服を着るのか(気になる身体;衣服という皮膚;“わたし”の社会的な輪郭;モード化する社会;コスメティック―変身の技法 ほか)
第2部 “衣”の現象学―服と顔と膚と(顔の渇き;もっと時間を、もっと虚構を。;見えないファッション;身体と匂いと記憶と;からだは孔が空いている ほか)
著者等紹介
鷲田清一[ワシダキヨカズ]
1949年京都市生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。大阪大学総長などを経て、大谷大学教授。専門は哲学。現象学をベースに、臨床哲学、モード批評などを幅広く展開する。主な著書に『モードの迷宮』(ちくま学芸文庫、サントリー学芸賞)、『「聴く」ことの力』(阪急コミュニケーションズ、桑原武夫学芸賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
はるき
23
好きか嫌いかの二者択一で服を選んでいるつもりです。でも、内心は違うのかもしれません。社会性を獲得するにつれ自意識が凝り固まる。日本ブランドを中心にした服飾史が興味深い。2020/04/17
miel
20
90年代後半に書かれたテキストがベースの本作、つまり私が学生の頃の著作。ファッションの要である「纏う」をテーマにした第一部と、その内面にアプローチしていく第二部の構成。ファッション学とは何か?という立ち位置の紹介も兼ねて一冊でまとめられている所は、エントリーモデルとして読みやすい。纏うものには、洋服や下着からヘアメイク、タトゥーまでが盛り込まれ、その意味と役割が施すホスピタリティに言及している。そして、ボディコントロールという名の肉体改造ですら、ファッションとして捉えた視点がおもしろい。2025/11/28
Ecriture
20
社会学や経済学に寄りがちなファッション論を哲学に開いた鷲田清一の功績は大きい。存在の<像>を着替える試みとして衣服や化粧やピアシングなどの身体の変形を論じる。三宅一生論では「真四角、まんまる、逆ハート型、半月型、円柱」のフォルムの服に言及している。しかし、鷲田・三宅(あるいはコム・デ・ギャルソン)の「格闘」や「野性」はあくまでも人の身体という定規に縛られたがゆえの「反抗」であり、アンリアレイジのように「かたち」から新しい衣服を作って現実を「拡張」する試みとは異なるという工藤雅人の整理は妥当に思える。2016/09/18
Yuririn_Monroe
19
卒論参考文献。モードの特性と変容について哲学的な視点で分かりやすく書いてある。モードは日常と切っても切れない場所に溶け込む。そのくらい身近になりつつある。ポストモダンの80年代の清潔主義からモードを無視する傾向が美徳となった古着を愛好した90年代。アンチモード派のデザイナーたちの求めていた美は西洋に確実に衝撃を与えた。2015/10/11
吉野ヶ里
18
服は自分自身の外部と内部の境目であり、自分でありながら変容することが出来る。見られる自分を意識するとき自分という像が生まれるが、その像はつねに「自分」を超えていこうとする。流行はどんなものも取り込んでしまう。流行へのメタもまた一種の流行になる。ファッションはズレとして、形式と距離を取る。形式から外れるという、形式との関係。 微細なズレのポイントを押さえること。アイデンティティは境目にある。2016/05/17
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