ちくま文庫
『羊の歌』余聞

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  • サイズ 文庫判/ページ数 348,/高さ 16cm
  • 商品コード 9784480428950
  • NDC分類 289.1
  • Cコード C0195

出版社内容情報

独特な思考のスタイルと印象的な文体はどのように作られたのだろうか。その視点から多くのエッセイを渉猟して整理し、創造の過程を辿る。

内容説明

加藤周一の半生記『羊の歌』は『日本文学史序説』と並ぶ代表作である。それは、祖父の話から始まり、1960年、加藤が40歳のときで終わっている。本書は『羊の歌』に連なる著作や対談を収める。ここには『羊の歌』に書かれたことが補われ、あるいは書かれなかったことも加えられている。90年近い生涯のなかで、加藤が何を考え、何を次代に伝えようとしたかが、本書のなかに響きわたる。

目次

1 (『羊の歌』その後)
2 (「ネギ先生」の想い出;日本の抒情詩―古典についての私事にわたる覚書;読書の想い出;フランスから遠く、しかし… ほか)
3 (戦時下のある風景―対談者・江藤文夫;世界の大学で―対談者・江藤文夫;私と戦後五五年;教養に何ができるか―対談者・徐京植)
4 (私の立場さしあたり)

著者等紹介

加藤周一[カトウシュウイチ]
1919‐2008年。東京生れ。東京大学医学部卒業

鷲巣力[ワシズツトム]
1944年、東京生まれ。編集著述業(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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i-miya

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2013.12.05(12/05)(つづき)加藤周一著。 12/03 (p040) ニューヘヴンは、1970年代半ば、その5年ほどの間に欧米のどこでもまた、日本でも、学生は完全に入れ替わり、彼らの大多数は体制(システム)の批判、否定から体制内部でそれぞれの役割を探す態度にかわっていた。 現に20年でベルリン自由大学で一学期の講義をしたとき、全く変わっていた。 私が生まれたのは1919年。 友人を訪ねる旅。    2013/12/05

i-miya

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2013.08.26(つづき)加藤周一著。 2013.08.26 ダーレンの研究所-昼間。 学生たちの英雄は、毛沢東、チェ・ゲバラ、ホー・チ・ミン。 彼らの会話の中の引用、マクルーゼ、ベンヤミン、アドルノであり、古くは、遡って、ローザ・ルクセンブルク。 マルクス=エンゲルスからの引用はほとんどない。 2013/08/26

i-miya

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2013.08.12(つづき)加藤周一著、鷲巣力編。 2013.08.11 「私の一身のいくらか現代日本人の平均に近い」 しかし、これは半面で、片方の半面は、加藤は天下の大勢に従わず、流行を追わず、奢侈を好まず、権力に近寄らず、権力者を権力者ゆえに敬わず、組織に属さず、孤立を恐れず、腕力に頼らず、愚痴をこぼさず、大口をたたかず、声高に叫ばず、女性を軽んぜず、弱者をさげすまず、不合理を尊ばず、自ら確認できたことしか信じなかった。 2013/08/12

i-miya

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2013.08.07(初読)加藤周一著、鷲巣力編。 2013.08.06 (カバー) 加藤周一半生記『羊の歌』は『日本文学序説』と並ぶ代表作。 それは、祖父の話から始まり、加藤40歳までの1960で終わる。 本書は『羊の歌』に連なる著作、対論、を収める。 90年近い人生、何を考え、何を伝えようとしたか。 (編集者解説=『二枚腰の思想と行動』) ◎『羊の歌』執筆の理由。  2013/08/07

i-miya

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2013.08.25(つづき)加藤周一著。 2013.08.23 ドプチェク-人気は高かった。 自由化は長い間待たれていた。 毛沢東に農民の支持がなければ49年の中国革命の成就はなかったであろう。 プラハの町の人々の悲観主義に反して、プラハの知識人たちはまことに楽観的であった。 その心配は全くない、ソ連は全く介入してこないであろう。 彼等は、どうしても希望を持つ必要があった。 希望は伝染する。 ザルツブルク音楽祭、私がソ連の介入を知ったのはその日、宿の主人からであった。 2013/08/25

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