内容説明
20世紀初頭に書かれた、『姉妹』から『死者たち』までの15篇を収めた初期の短篇集。ダブリンに住む人びとの日常が淡々と綴られていく。人間の姿をリアルに描くことで、その愚かしさ、醜さ、滑稽さを際立たせ、陰鬱のなかに喜劇の要素があることを示した芸術性の高い作品。各短篇のていねいな注釈、解説、地図を付した。リズミカルで斬新な新訳。
著者等紹介
ジョイス,ジェイムズ[ジョイス,ジェイムズ][Joyce,James]
1882‐1941。アイルランド出身の小説家。人間の内面をえぐる、独自の「内的告白」や「意識の流れ」の手法を生み出し、20世紀文学世界に革命的な新境地を開く。母国を捨ててヨーロッパ各地をさまよいながら、終生故郷のダブリンとそこに住む人びとを描き続けた
米本義孝[ヨネモトヨシタカ]
1941年生まれ。立命館大学大学院修士課程修了後、立命館大学、信州大学などを経て、安田女子大学教授。英文学専攻、文学博士(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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kaoru
79
20代のジョイスが故郷ダブリンの人々を描く1914年刊の短編集。「ダブリンの精神的麻痺」を書きたかったジョイスだが、娘を猛愛する社会性の欠けた母親、職場での不満から酒を飲み息子を折檻する男など私達の近くで起きる出来事に通じる話も多い。『アラビー』『ある出会い』は多分に自伝的要素が強く『痛ましい事故』は人と人の真の結びつきの困難さが描かれる。映画化された『死者たち』はクリスマスに集う一族のパーティの後、妻の告白に動揺させられた夫が、やがて卑小な自我を超え、浄化とも言うべき境地にたどり着くまでを描く一篇。2022/11/09
藤月はな(灯れ松明の火)
56
『幻想と怪奇の英文学』にて「ジョイスで怪奇小説と言ったら多くの人が「死者たち」(『ダブリン市民』)を挙げる」という記述から気になって読みました。『イーヴリン』の駆け落ちを約束したのに土壇場になってから心変わりする心理や『下宿宿』の強かな図太さは共感できる一方であきらかに女よりふわふわちゃんな男性陣に同情せざるを得ません。「二人の伊達男」の個人的なイメージはヴァロトンの「貞淑なスザンヌ」の二人です(笑)そして問題の「死者たち」は妻の秘め事が明かされた後のしんしんとした描写がとても遠くてだからこそ、恐いです。2014/08/28
Ecriture
23
15の主人公の物語を通して20世紀初頭のアイルランドの「精神史」を描いた短篇集。イギリスの支配下で肉体・精神・宗教的に麻痺し、逃避的であったダブリン市民の生活が伺える。他の訳と比べて当時のダブリンの地図が載っていたり注釈が丁寧で良い。黄や緑がジョイスにとってどのような意味を持つのか、当時のプロテスタントとカトリックの勢力図、周辺諸国との対立関係、韻を駆使した技巧的文体の解説、階級ごとの言葉の違い、アイルランドの民族独立運動が大衆文化に与えた影響など、大変勉強になった。2015/02/21
**くま**
20
初ジョイス。短編集。文章にこだわりありなんですね、文学部出身ではない私は難しいことはよくわからないのですが。退屈に感じるものもあればとても面白く読めるものもありました。「下宿屋」の条件のいい結婚相手をゲットしようとする計算高い母娘、それにまんまと引っかかってしまう真面目でおとなしい男。「二人の伊達男」「小さな雲」で自由に生きてる30男がもう男の友情にはうんざり、独身男と既婚男が互いを羨ましがる。「痛ましい事故」の男の身勝手さ。現代日本と実は同じだねぇ(笑)。「死者たち」はとてもいいですね、主人公好きです!2014/09/03
Kepeta
19
15の短編を通して紡ぎ出されるリアルかつノスタルジックな「心のダブリン」に浸れる読書体験でした。民族・宗教・格差など多くの問題と矛盾を抱えてどん詰まり感が色濃いのに、現代日本の読み手にすら「それでも我が故郷」という想いを追体験させるのは並の手腕・構成力ではないと思います。市井のいち生活者の人生の断片を抜き出したパッチワークは普遍的な人生の一コマを想起させ、読み手各人の今は遠きあの日・あの場所に想いを馳せさせます。これぞ純文学・表現芸術という深い満足感が得られました。傑作です。2023/10/07