内容説明
投身自殺をした、外交官の身に何が起こったのか。1957年4月、駐エジプト大使であったカナダ人の自殺は、世界を驚愕させた。なぜ自らの命を絶ったのか?やはり、ソ連のスパイだったのか?外交文書などの一次資料から浮かび上がる真実とは。
目次
軽井沢に生まれて
青年期の記憶
死の淵を生きる
ケンブリッジ大学にて
青春の葬送
分岐点
空白の三年間
戦後処理のなかで
戦後日本の構築
GHQの内部闘争
天皇退位説の渦中に
ノーマンとウィロビー
マッカーサーとの乖離
晒される過去
共産党の党籍
別離の日
カイロ赴任
中東危機に直面
自死の選択
著者等紹介
工藤美代子[クドウミヨコ]
1950年、東京に生まれる。大妻女子高校を経て、チェコスロバキアのカレル大学に留学、カナダのコロンビア・カレッジを卒業。『工藤写真館の昭和』で講談社ノンフィクション賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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しんすけ
17
ハーバート・ノーマンの名を知ったのは岩波新書所収の『忘れられた思想家 安藤昌益のこと』を手に取ったときだった。 安藤昌益は18世紀日本の医師で、空想社会主義的な考え方の持ち主だ。学部にいた時から興味を抱いていたがあまりにも資料が少なく深く知るには至らずノーマンの書を得て長年の空腹を癒したような気分になったものである。 しかし『忘れられた思想家...』を手にした時点ではノーマンはすでに亡くなっていた。1958年に自殺していたのだった。 自殺原因はレッドパージでソ連のスパイとされたことだった。2021/01/26
ホンドテン
2
所有。著者のスタンスの変化に関わらず文庫化にあたって大きな修正がある訳ではない。留学時代の共産党への入党は事実としているが、疑惑自体は灰色のまま保留している。紹介された朝鮮戦争勃発トリガー話とか欧米の疑惑説はトンデモが過ぎて信じる気になれない。それにしても表紙に滲み出る両者の親密さ、彼の選良性が見事に浮き彫りになってるが、これじゃウィロビーじゃなくても嫉妬するだろうなぁと変に納得してしまった。より深い理解のためにアメリカの赤狩り運動について学ぶ必要を感じる。2015/02/28
みなかみ
1
在日カナダ大使館の図書室の名前にもなっている外交官。日本に住んでいたこともあり、WW2前後に日本対して架け橋になった人物・・・というのが読む前の認識。今でもスパイか、そうでなかったかの論議がある方ですが、実際はどうだったんでしょうね。2012/07/24
嵯峨野
1
『悲劇の外交官― ハーバート・ノーマンの生涯』(岩波書店)の文庫版。カナダ人外交官であり、優れた歴史家・日本史研究家でもあったE.H.ノーマンが「赤狩り」に追いつめられた末に自殺を選ぶまでの記録。研究者としての業績についてはあまりふれていないので物足りなさを感じるかもしれないが、入門書としてはよいだろう。(しかし解説は人選ミスだと思う…)2009/04/09
くまさん
0
外交官はもとより自国の利益のために心血を注ぐものである。しかし、ノーマンはカナダにも日本にも祖国愛をなくしたまま黄泉路へ旅立った。彼が生まれ育った軽井沢は、ついに家郷たり得なかったのだ。そのことを知って、彼が身を沈めようとした共産主義がいかに亡霊のようなものであったかを思い知らされるとともに、再び同じことが起きないためにしっかりとノーマンへの弔鐘を鳴らしておきたい気持ちである。 1950年に始まった、いわゆる「マッカシーの赤狩り」によって共産主義スパイ容疑で幾度も尋問を受け、ハーバート大学時代の共産主義シ2012/09/12