出版社内容情報
畿内ヤマト国(邪馬台国)と北九州ヤマト国(女王国)は別の国で、卑弥呼は後者の女王だった。長年の歴史学の文献研究に基づき、古代史最大の謎を解き明かす。
内容説明
長年にわたり論争となってきた邪馬台国の所在地。考古学では、纒向遺跡の発掘により畿内説で決着したとされるが、歴史学の文献研究では『魏志倭人伝』の記載から九州説が支持されている。本書はこの矛盾の解決を図るべく、畿内ヤマト国(邪馬台国)と北九州ヤマト国(女王国)が併存していたとし、卑弥呼は後者の女王と考える。さらに『日本書紀』『古事記』などの史書や大和朝廷に直接つながるその後の歴史との親和性・連続性も検討し、文献史学と考古学の研究成果の調和を目指す。
目次
第1章 研究史の流れ
第2章 魏志倭人伝の史料論
第3章 卑弥呼像の点検と論点
第4章 行程記事について
第5章 女王国と邪馬台国の併存
第6章 女王国と邪馬台国の性格
第7章 女王国の時代とその行方
第8章 邪馬台国の時代とその行方
おわりに―ヤマト王権へ
著者等紹介
小林敏男[コバヤシトシオ]
1944年長野県生まれ。歴史学者。大東文化大学名誉教授。専門は日本古代史。博士(歴史学)。神戸大学文学部国史学科卒業。東京教育大学大学院文学研究科(日本史学)博士課程単位取得退学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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terve
23
北九州のヤマト国。これが女王国である。それとは別に畿内にもヤマト国がある。すなわち、邪馬台国は二つあったとしている。そしてその二つの邪馬台国が併存しており、大和朝廷に繋がる過程から、畿内のヤマト国が北九州のヤマト国を滅ぼすという…考えられなくは無いのか。判断に困る一書。とはいえ、「魏志倭人伝」だけではなく『古事記』や『日本書紀』にも目を向けるというのは新たな視点ではなかろうか。同時代資料としては弱いが、中国側の視点だけでは日本側の意図は見えないのも事実であると思われる。2023/08/06
みこ
22
邪馬台国は畿内にあって後の大和朝廷となるが、魏志倭人伝に係れている女王国はそれとは別物の九州に合った王国であるという説が述べられている。邪馬台国の謎というもの自体恐らく永遠に明かされることはないだろうと穿った思いで読んでみるとこれはこれで説得力もあって面白いと思えた。卑弥呼=神功皇后というのは既婚者だからアウトとか言われてみれば当たり前なのになぜか一部で信じられているから不思議。2022/03/17
hyena_no_papa
7
先月刊行で邪馬台国本としては最新!興味津々で読み始める。新井白石と本居宣長を取り上げて江戸時代の論争から説き起こす。総体的にてんこ盛りで各パートは極めて簡略。『魏志』『魏略』王沈『魏書』から『広志』の話になり、『芸文類聚』『華林遍略』『修文殿御覧』『太平御覧』と類書にまで及び、延いては『日本書紀』にも。一体著者は読者のターゲットをどこに置いているのか?本書の山場と見込んだ行程記事解釈は畿内と九州二本立てを想定しており無理がある。前方後円墳から古代天皇まで俎上に載せるなど総花的!一部漢籍の引用には疑問符も!2022/02/11
パパ
3
新書でそこまで期待していなかったが骨太な内容。 テキストクリティーク(文献批判)から初めており信頼できる。太平御覧や翰苑から、魏略、魏書の逸文だけでなく、広志という聞かない史料まで引いており、東洋史の研究成果も取り込んでいる。 著者は女王国と邪馬台国が別の国であるという立場で論じているが、極力客観的に史料を扱おうとしていることには好感を持つ。 歴代天皇の紀年は、崇神天皇の崩年を258年として卑弥呼、壹与と同時代とするなど自説に引きつけようとする姿が見えるが許容範囲。七支刀の年代も紀年の参考にできそう。2025/02/11
秋色の服(旧カットマン)
3
初学者向けでないが、例えば私のように手抜き(効率化目的)でYouTubeで古代史学んでミステリーやらムー的トンデモ説にまみれて頭がおかしくなった人におすすめか。論争の経緯をざっと知るには良い。ただ、初学者にはきついので、ある程度わかってきてから読むべきかと。決定的な考古学的発見がない状況では、このような並立・別国論も致し方ないと思います。並立・同国=東遷説、九州単立=九州説、畿内単立=畿内説(纏向効果で学界メディアはほぼ勝利宣言済み)。それらの差は記紀との接続の重視度と、日中資料の優先順位です。2024/08/21
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