内容説明
食べものに関する昔の記憶や思い出を感性豊かな文章で綴るエッセイ集。
目次
枇杷
牛乳
続牛乳
キャラメル
お弁当
雛祭りの頃
花の下
怖いこと
誠実亭
夏の終り
京都の秋
後楽園元旦
上野の桜
夢、覚え書
1 ~ 1件/全1件
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ちゃちゃ
118
凄み、とでも形容すればよいのだろうか。どこかほの昏さを宿した文体には、人を射抜く目の鋭さが光ってゾクリとさせる。本作は、武田泰淳の妻百合子による、彼女の記憶に刻まれた思い出の断片を綴ったエッセイ集だ。中でも冒頭の『枇杷』は出色だ。食卓に座って枇杷を食べる夫の思い出。今は亡き夫の不在を「あの人の指と手も(自分が)食べてしまったのかな」と記す。いつの間にか自らの中に取り込んでしまった夫の存在を表す生々しくも印象的な表現。何気ない日常、人の営為の底にあるものを炙り出すような文体に、妙に惹かれてしまった。2021/10/11
どんぐり
71
「枇杷」を歯ぐきで噛みつく武田泰淳を冒頭の一篇に置いた食べ物の思い出を綴ったエッセイ14篇。武田百合子さんの作品は読むたびに味わいがある。2018/06/22
syaori
68
食に関するエッセイ集。亡夫の思い出から始って幼少期の雛祭りやお弁当の思い出などが想起するままに語られます。食べることは生きること、しかし同時にそれは死に向ってゆく営為でもあって、歯のない口で眦に「涙のような汗まで」ためて枇杷を噛む夫、「殆ど寝たきり」になりながら食後に「×××が食べたいねえ」と独語する父など、作者の眼はその奇妙なグロテスクさも捉えていて、その多様な食物のむっとするような香りを纏ったメランコリーと倦怠にぎょっとするのですけれど、それに出合いたくていつもこの本を手にとっているような気もします。2022/01/31
あんこ
65
装丁も素敵だったので惹かれた。こどもの頃の話から、大人になってからの四季折々のことや夢のことについての随筆集。こどもの頃の話の方が、ところどころにメランコリーと死の気配が漂っている印象を受けた。単なる食べものの思い出話に留まらない武田百合子の文章はところどころにもの寂しさを携えながら、こちらも物思いに耽ることとなった。2014/08/15
ユメ
60
冒頭の「枇杷」でいきなりどきり。「枇杷を食べていたのだけれど、あの人の指と手も食べてしまったのかな」続く幼少期の回想も、失踪した牛乳屋と振り向いた赤マント、花の下の老女、どこか幻想的な趣がある。野中ユリさんの挿画がその印象を後押しする。夢と現実の境目が曖昧なような、でも子供時代ってそんなものだったかもしれない、と思う。作家とは、子供であった自分を失わずに抱えていられる人なのかもしれない。「たるたるに、とろとろにふくらんで小鉢の蜜汁の中にぽっかり浮かんでいるあんず」武田さんの「ことばの食卓」は実に豊かだ。2016/05/22