挑戦―炎のランナー中山竹通の生き方・走り方

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  • サイズ B6判/ページ数 190p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784426764029
  • NDC分類 782.3
  • Cコード C0075

内容説明

ソウル・バルセロナ両オリンピックで、いずれも4位に入賞した中山竹通は、かってさまざまに形容されていた。“本音をずばずば吐く男”“野生児”“マラソン界の異端児”…。瀬古利彦(現・ヱスビー陸上部監督)をはじめ、中山と競い合ったランナーはみな陸上の名門と呼ばれる高校、大学から実業団へと進んだいわゆるエリートぞろい。中山は信州の谷底からはい上がってきたといっていい。だからこそ十数年にわたる国内外のレースで、中山は一人闘い続けてきた。アウトサイダーの魂を抱きながら。いま中山は、指導者の道を歩みつつ、家に帰れば小学生である男の子の父親として顔を見せる。それでも、中山の反骨の炎は冷めることがない。彼の言葉と行動は、閉塞感のなかにあるといわれる今日の日本人の胸に重く響き多くの示唆を与えるであろう。

目次

大学陸上部監督(1995年~)―監督は選手の上にいるんじゃない。参考書の役割なんだ
長野(1959年~1978年)―長野の山の中から早く一人で飛び立ちたかった
不遇(1978年~1981年)―エレベーターに乗ってどん底に落ちた感じ。それで社会の仕組みが分かった
克服(1981年~1983年)―人に勝とうと思ったら、まず自分に勝たなくては
頂上(1983年~1987年)―世界一をめざした世界一のトレーニング。ダイエー時代の練習量はものすごい
誤解(1987年)―這ってでも出てくるべきだ、というのはスポーツの当たり前のルールをいっただけ
ソウル(1988年)―二位ではその上に誰かがいる。自分は世界の頂上に立ちたかった
陸連(1986年~)―なんでエリート重視と学閥、派閥なんだ。もっと中立的な立場で運営してほしい
バルセロナ(1989年~1992年)―ソウルのままで終わるんじゃ、ちょっと情けないかなと思って
訣別(1992年~1995年)―懸命に努力を重ねてきたのに処遇のひどさでむなしくなった〔ほか〕

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

キ♡リン☆か

2
中山竹通さんはまれに見るランナーですね。理論を練習を駆使し、その次代の先頭を走っていたことがこの本を読むことによりわかりました。80年台当時の日本マラソンの黄金期の再来を期待したいです。中山さんは不器用な人であり、愛される人なんだろうな~と思いました。2015/02/20

Yasuhiro Nishimura

0
2024/05/21

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