電子黒板亡国論―ICTで頭が、よくなる?バカになる?

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電子黒板亡国論―ICTで頭が、よくなる?バカになる?

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  • サイズ B6判/ページ数 221p/高さ 18cm
  • 商品コード 9784422370019
  • NDC分類 375
  • Cコード C0037

内容説明

進化する情報通信技術(ICT)は、先生や生徒をどう変えていくのか。黒板やチョークなき「デジタル教科書」時代を生き抜くための耐性が身につく、活字ワクチン。塾講師の立場から放つ、ホンネの教育=(サービス)論です。

目次

1章 未来の学校の夢―黒板が変われば教育が変わる
2章 タブレット教科書は「アクティブ」か―「学び」の場、「教え」の技術
3章 ゲーム教育の可能性―「遊び」と「学び」がひとつになる
4章 SNS化する社会―子どもも大人も、もういない
5章 先生はもういらない―ひろがる「教えの場」
6章 新たな競争システム―高大接続改革のビッグデータ

著者等紹介

戸松幸一[トマツコウイチ]
1974年北海道生まれ。同志社大学文学部社会学科(新聞学)卒、京都大学大学院教育学研究科修士課程修了(教育社会学)。大手進学塾勤務を経て、独立。京都市左京区下鴨にて学習塾「沐羊舎」を主宰する(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出版社内容情報

電子黒板の配備とデジタル教科書の配布は、学校教育に何をもたらすのか? 学びの本質に迫りながら、近未来の学校教育を大胆に占う。2010年に総務省の肝煎りで始まった「フューチャースクール推進事業」。翌年には文科省が「学びのイノベーション事業」を開始した。各教室への電子黒板の配備と、各生徒へのデジタル教科書(タブレットPC)の配布が決定し、チョークによる板書と鉛筆による書き取りからの劇的な改編は、学校教育に何をもたらすのか? 京都で私塾を営む教育社会学者が、学びの本質にせまりながら、近未来の学校社会を占う、刺激的な教育論。

◇はじめに
教室の「顔」がデジタル化/老舗チョークメーカーの廃業/
情報をやり取りするテクノロジー/教育を受ける人、作る人/
塾講師にも何か言わせろ/ディス・イズ・教育論!/
メディアで人はバカになるのか

◆1章◆未来の学校の夢―黒板が変われば教育が変わる
教育の技術革新/紙が一番、デジタルが二番/
ロボット工学者のデジタル教育批判/現場教員の努力/
デジタル逆上がり指導/研修はザックリと/
電子黒板+ホワイトボードの学校も/デジタル教科書はなくてもいい?/
情報をどこまで開放するのか/パソコン+大画面テレビ=電子黒板/
やっぱりしんどい? 学校教員/意外に活躍、デジタルカメラ/
新しいものについていく/学校の方針差がまだ大きい/
パワーポイントも大人気/デジタルネイティブ、おそるべし/
お手軽な視覚教育ツール/電子黒板は集合授業に

◆2章◆タブレット教科書は「アクティブ」か―「学び」の場、「教え」の技術
次世代教育のカタチ/国際的な学力を測るPISAとTIMSS/
ゆとりの弊害/求められる「問題解決型」学力/
変革するのは学力が低いから? 高いから?/昭和のグループ指導/
恐怖のアクティブ・ラーニング/「主体的」であるためのアメとムチ
導入の目的/主体的学習×デジタル技術/「ICT先進自治体」の冒険/
大炎上のデジタル教科書導入劇/やっぱりお金がかかる/活況の道具展/
真の「情報学習」/ICTは学校で/夢から現へ/「教室」という情報媒体/
結局、何に使うのか

◆3章◆ゲーム教育の可能性―「遊び」と「学び」がひとつになる
《信長の野望》で日本史に開眼/《三国志2》で広がる読書の世界/
コンピュータ教育の進化と展望/ママとメーカーの?啄同時/
テレビゲームに「害」はあるのか/夢中か、中毒か/
ゲームやスマホは覚醒剤と同じ?/医学からの警句あれこれ/
ゲーム中毒治療法/「エビデンス」は信じるな/決めるのは親
コミュニケーション欲求を満たすツール/なんとなくメールチェック/
ゲーム産業大国ニッポン/任天堂と私/ゲーム友だちの家/
「一日1時間」の難しさ/娯楽は学びになり得るか

◆4章◆SNS化する社会―子どもも大人も、もういない
21世紀を包み込む文化現象/みんな仲良し、ソーシャルメディア/
共感のうねり、ブロックの渦/「みんな」が「だれか」を攻撃する/
圧勝、惨敗、逆転選挙/ロックは「芸術」か/「三年目の浮気」は歌謡曲/
若者はもういない/子どもももういない/なんでもかんでも「エイジレス」/
大人ももういない/融合する世代文化/「キライ」と言える優越感/
カメラ愛好家の紛糾/趣味の政治家、政治の趣味化/
ソーシャルメディアは包丁である/ネット世界を「秘密基地」にしない

◆5章◆先生はもういらない―ひろがる「教えの場」
いつか先生もAIに/先生の「ヒューマンプレミアム」度/
カリスマ講義の衛星配信/受験サービスの地域格差/
入試対策の機会平等/衛星からビデオ・オン・デマンドへ/
低価格化するeラーニング/NPOの無料予備校/
教室=「教えの場」×「学びの場」/教えることのプロフェッショナル/
「反転授業」がつたえるもの/テクノロジーと教育/技術が先か、人間が先か/
公教育廃止の理論/学校知を問い直す/「教育論=学校論」を超えて
聖職とブラック職のあいだ/教師たるもの五者たれ/背中で語る

◆6章◆新たな競争システムへ―高大接続改革のビッグデータ
教育はサービス業?/お客様は神様という誤解
組織的な対処法を用意せよ/塾は床屋に似ている/
奇跡を呼んだ「教育=サービス業」の哲学/消費者はだれか/
教育のカスタマーサティスファクション/目指すべきゴールとは/
定期テストを全国統一に/合格実績は「学校の実力」/
「競争」は「平等」のたまもの/終わりなきレースの果てに/
止まらない学歴インフレ/冷めていくのは水に浸かった部分から/
高大接続改革で変わること/「偏差値」は消滅する
高校受験指導と偏差値の因縁/データは使うもの/選抜と教養をつなぐ

◇おわりに
義務教育最後の瞬間に/学ぶとは「別人になる」こと/
ICT教具という消費財/「教育=サービス」論の先にあるもの
消費されてはいけないのか/学びが人をゆたかにするため

戸松 幸一[トマツ コウイチ]
1974年北海道生まれ。同志社大学文学部社会学科(新聞学)卒、京都大学大学院教育学研究科修士課程修了(教育社会学)。大手進学塾勤務を経て、独立。京都市左京区下鴨にて学習塾「沐羊舎」を主宰する。著書に『《とまつ式》公立中高一貫校 合格をつかむ作文トレーニング』(創元社)、共著に『ヒトラーの呪縛』(中公文庫)などがある。