内容説明
本書は、慢性の病いをかかえた患者やその家族が肉声で語る物語を中心に構成されている。今日の生物医学によって軽視されがちなこうした病いの経験、語りこそが、実は医療やケアの中心に据えられるものではないか。著者は、病いとその語りを、微小民族誌などの臨床人類学的方法を駆使しながら、社会的プロセスとして描き出そうとする。そして、病み患うことが今日どのような変容をとげつつあり、来るべき時代の医療やケアはいかにあるべきかを明らかにしようとする。本書は、この分野に関心を寄せる広範な読者に向けて書かれている。慢性の病いのケアに携わった著者の臨床知や臨床姿勢が横溢し、すでに高い評価を得ている著作の邦訳である。
目次
症状と障害の意味
病いの個人的意味と社会的意味
痛みの脆弱性と脆弱性の痛み
生きることの痛み
慢性の痛み―欲望の挫折
神経衰弱症―アメリカと中国における衰弱と疲弊
慢性の病いをもつ患者のケアにおける相反する説明モデル
大いなる願望と勝利―慢性の病いへの対処
死にいたる病い
病いのスティグマと羞恥心〔ほか〕
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
nranjen
7
1988年に原文が、1996年に日本語訳が出版されたこの本。それまで疾病中心に取り組まれていた医療を「ナラティヴ」という手法によって患者やその周辺、それに関わる医療従事者といった「人」の「物語」を中心とする考え方にパラダイムシフトするに当たって、おそらく重要な役割を演じたであろう本。使用のため、というよりその内容に思わず自らを鑑み没して読んでしまった。また読む。2021/02/22
きつね
4
原著'88,訳書'96.医療人類学の古典的名著。医療文脈の疾患diseaseと区別し、生きられた経験としての病いillnessの意味について、文化的表象/集合的経験/個人的経験の三相から読解。患者の個人史に耳を傾けることから、生の中で病いのもたされた意味について考えることを、医療の代替ではなく、相補的視点(しかししばしば意図的に看過されている重要なもの)として提示。症例がたくさん引かれてて感情移入しながら読んでしまうので、ぜんぜん捗らない(笑) 個人的には、現代中国の神経衰弱についての章が面白かった。2012/12/01
まつゆう
3
疾患ではなく病いを聴くこと、病いの語りにある個人の心理的、社会的意味を探ること等どれも重要な提言なのは間違いないし、この辺りはシャープな概念で参考にしたくなるのだが、それ以後の具体的な症例と解釈の話になると眠くなるというか何というか…(一義的な解釈を許さないのは分かるのだけれども、どうも練られて無い感)。、近代医療への対抗的・補完的な方法論の提示という党派的な内容なのかなという印象。党派的な内容は必ずしも悪いとは言わないが、どうもこの手の医療言説は大衆化・通俗化していて批判としてはもう鈍いのかも。2016/08/15
ばかぼん
2
これまでの自分の認識が拡大されたのは, ・llnessの深い意味を聴取すること:FIFEにとどまらず,症状がシンボルしていることや,文化に徴づけられた障害や個人的・対人的意味づけ(Illnessがスポンジのようにその人の人生の意味を吸収して生き生きとしてくる) ・ライフヒストリーは一見Illnessと関係なくても後々繋がってくる ・PCCMの初学者にレクチャーするような事例は「説明モデルを聞き出しネゴシエーションを行う」に止まる.ここから精神療法にもっていくにはもっと深い階層で.2022/06/03
きのこ
2
友人が病を患ったときに、医学書には診断や治療の方法は書いてあるのに、病とどう向き合っていけばいいのかは書かれていなかった。この本を読むうちに、その時感じた違和感がなぜ生じたのか少しわかったように感じた。2020/09/18