内容説明
ヴェトナム戦争末期、プロパガンダを練るエリート青年。18世紀、南部アフリカで植民地の拡大に携わる白人の男。ふたりに取りつく妄想と狂気を、驚くべき力業で描き取る。人間心理に鋭いメスを入れ、数々の傑作を生みだしたノーベル賞作家J.M.クッツェー。そのすべては、ここからはじまる。
著者等紹介
クッツェー,J.M.[クッツェー,J.M.] [Coetzee,J.M.]
1940年、ケープタウン生まれ。ケープタウン大学で文学と数学の学位を取得。英国のコンピュータ会社で働きながら詩人をめざす。65年、奨学金を得てテキサス大学オースティン校へ、サミュエル・ベケットの文体研究で博士号取得。68年からニューヨーク州立大学で教壇に立つが、永住ヴィザがおりず、71年に南アフリカに帰国。以後ケープタウン大学を拠点に米国の大学でも教えながら、初小説の本作『ダスクランズ』を皮切りに、南アフリカや、ヨーロッパと植民地の歴史を遡及する、意表をつく、寓意性に富んだ作品を次々と発表し、南アのCNA賞、フランスのフェミナ賞ほか、世界的文学賞を数多く受賞。83年の『マイケル・K』と99年の『恥辱』では英国のブッカー賞を史上初のダブル受賞。03年にノーベル文学賞を受賞。オーストラリア在住
くぼたのぞみ[クボタノゾミ]
1950年、北海道生まれ。翻訳家、詩人(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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ケイ
140
久しぶりに読書からの真の興奮。クッツェーの新作かと思いきや「初作」。こんなものまで書いたのかと舌を巻いていたら、尖った熱は書き手の若さだった。前半はクッツェーに書かされるベトナム従軍兵の精神的葛藤~奴らと戦うには文明を壊せ、思想を混乱させろと自らに言い聞かせるも、葛藤に縛られ続けるのは自分たちの方。後半は、18世紀の南アフリカの開拓者クッツェーについて語るクッツェーの内容を訳すクッツェー。現地人を蹂躙した末に彼らの方がしたたかだと気づく展開にモームを思う。登場する4人のクッツェーはそれぞれ別人。2017/12/03
南雲吾朗
25
想像していたのとはまるでかけ離れた内容であった。ヴェトナム計画とヤコブ・クッツェーの物語の2編から成る。一つはヴェトナム戦争の悲惨極まりない物語(映画「地獄の黙示録」の様な)を想像していたが、描かれているのはプロパガンダ担当官の精神的崩壊を描いている。ある意味正しいと思う。無気力状態に落とし入れれば、戦意は失われるし無駄なエネルギー無駄な死人は無くなる。もう一つは、アフリカ内戦の話を想像していたが、偏見に満ちた、白人目線でのアフリカ未開地への探検(というよりは、環境破壊と略奪と言った方が良いか…)の物語。2018/03/06
ユーカ
18
「ヴェトナム計画」と「ヤコブス・クッツェーの物語」の二編からなるJ・M・クッツェーのデビュー作。二編に共通するのは<暴力>だ。暴力は切り拓くための原動力であり、250年前の未開の地であれば、その衝動が剥き出しであっても咎められることはなかった。しかし現代社会ではコントロールできなければ身を亡ぼす。これを読んで(非常によくまとまった解説も含め)、クッツェーの中にある何が、一連の作品群を生み出しているのかが理解できた気がする。私たちは内なる暴力を咎める必要はない、それが制御できない時に自分に恐怖するべきだ。2018/01/09
ネムル
17
クッツェーの初期作はハードモード・ポスコロ文学、途中から次第にペテン味を増してくるという雑な印象だったが、デビュー作から幾人の「クッツェー」が錯綜する、油断のならない話だった。ベトナム戦争のプロパガンダに関わる青年の錯乱を描く「ヴェトナム計画」はポストモダンの空回りのようであまり評価出来ない。後半に置かれた「ヤコブス・クッツェーの物語」は白人による南アフリカの虐殺が胡散臭い騙り(報告・翻訳・注)に覆われた快作だろう。すこぶる面白い。ただし入魂の訳者解説が無ければ、見通しを得るのに苦労したろうが。2019/10/29
hiroizm
8
ベトナム戦争プロパガンダ担当者と18世紀南ア開拓者の物語からなる小説だが、個人的には南ア開拓者の話が突き刺さる。主人公のやり方は酷いとは思うものの、ある意味10倍返しの復讐譚であり、この凶暴性は自分にもありうる気がしている。過酷な環境下で生きることの怒りが、凶暴性を呼び起こすのかもしれない。それにしてもこれがデビュー作とは。クッツェー恐るべしです。2018/02/18