目次
われは信ず
神を
全能の父
天地の造り主
その独り子、イエス・キリスト
われらの主
精霊によりてやどり、処女マリヤより生まれ
ポンテオ・ピラトの下に苦しみを受け
十字架につけられ、死にてほうむられ、陰府にくだり
三日目に死人のうちよりよみがえり
天にのぼり、全能の父の神の右に座し給えり
かしこより来たりて生ける者と死ねる者とを審き給わん
われは聖霊を信ず
聖なる公同の教会、聖徒の交わり
罪の赦し
身体のよみがえり、永遠の生命を信ず、アーメン
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
マウリツィウス
22
【『信条CREDO』】使徒信条の刻む遺産は新約書簡の要約文を意味せず従って「古典定訳ギリシャ語土台」を否定することで成立している。ルター訳/ヒエロニムス訳を定本から除外、新しく利用されたツウィングリ遺産を翻訳資料とすることで画期革新を意味した。アクィナス以降が実現化した神学晦渋大系理論とはCREDO根底を再解釈化する。バルトによる新しい福音主義提唱は事実上《新約》聖書成立並びに《宗教改革》を二重再現、無根拠なる現代思想迷妄を無力へと帰した。NESTLE=ALANDギリシャ語資料が新約時代へと誘う導となる。2013/07/01
マウリツィウス
12
【「福音主義における神学像再構築」】『新約聖書』モデル化=つまり『ローマ書』を巡る問答集において新約成立の一環ともなる「使徒信条」、従って新約における使徒補遺記録を「信条」と鮮明定義した功績を掲げる。『旧約聖書』『新約聖書』を束ねた『ヨハネ黙示録』-ギリシャ語新約聖書における「Creed/Credo」の対訳思考意味とは「神学」、福音主義の理由でもある。福音主義をルター依拠としなかった福音の連続論考は使徒パウロにより継承されるも古代教会史のドイツ語化をバルトは成し遂げる。/「使徒信条」は『新約聖書』意味軌道2014/05/31
メズゾース
1
キリスト教の宣教の力も、さらにそれとともにキリスト教の教義学の力も、それが人間を「キリストにあるものとみ、したがって人間を神のものと考え、したがって人間を不信仰のうちにとどまり、永遠に失われるものとは考えない、ということによって立ちもし倒れもする。150頁。2019/01/24




