内容説明
「キリストは人間に代わって罪を負い、いけにえとして死んだ」という代理贖罪的な表現はどこまで適切か。少数者に犠牲を強いる「犠牲のシステム」をキリスト教神学が内包しているとする哲学者・高橋哲哉氏の議論を批判的に捉えつつ、聖書および関連古代文献を広く検証して、聖書が伝えようとしているキリストの死に至る生き様の真の意味を探り、その意味をいかに語るかを方向づける。
目次
プロローグ 移行性と加虐性
第1章 苦難の僕と移行性(移行主題か啓発主題か)
第2章 マカバイ殉教者の記憶
第3章 イエスと神の国
第4章 原始教会の伝承
第5章 パウロの回心とその神学的特徴
第6章 パウロからその後の初期文献へ
第7章 2世紀殉教者の証言
エピローグ 畑を耕す
補論
著者等紹介
浅野淳博[アサノアツヒロ]
1960年、山陰松江生まれ。フラー神学校にて神学修士号(1997年)、オックスフォード大学にて哲学博士号(2003年)を取得。現在は関西学院大学教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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