内容説明
長崎に原爆が落ちたあの日、いくつもの奇跡が重なって私は生き延びた。被爆しガレキの中から救われた少女が、人との絆に支えられ、前向きに歩んだ物語。
目次
第一章 ふるさと長崎に育まれた命(浜口町の商店街は、活気とやさしさにあふれていた;10歳のときに両親を亡くす;城山尋常小学校は、私の記憶に深く刻み込まれた場所;長崎への感謝を忘れたことはない;何より大切なのは、毎日の普通の営み)
第二章 戦争と原爆に奪われたものは、もう戻ってこない(戦争の記憶を綴った手紙を、孫娘に送る;穏やかで自由な長崎の空気が、徐々に険悪になっていく;戦況がさらに悪化し、女学生の私も兵器工場で働くようになった;そして、8月9日がやってきた;地獄のような光景の中、助けを求めて歩く;姉と兄との再会で、ようやく活路が開かれた;戦後になって、原爆の健康被害の詳細が分かってきた)
第三章 生き抜く覚悟があれば、何とかなる(快晴の日は、たまにしかないから価値がある;姉の結婚をきっかけに、戦後の私の人生が大きく動き始めた;私の夫は世界一、かもしれない;米軍三沢基地に出入りするようになった;ハウスキーピングの会社「寿商事」を創業;人の善意を信じていれば、きっと救われる;乳がんになって、生き抜く力が強まったみたい)
第四章 平和のバトンをつなぐ一人になりたい(人と人が協力する橋を架け続ける心;穏やかな三沢暮らしが、夢みたいに幸せ;食にこだわるのは、空腹に苦しんだ戦争体験のせいかも;老いるのは、別に特別なことではない;皆で力を合わせて、記憶をつないでいく)
第五章 そばには、いつも家族がいてくれた(つながり続ける家族たちに感謝;息子と孫の成長と決断;東日本大震災で改めて知った、家族の絆;この家族が、私たち夫婦の長寿の源)
著者等紹介
佐々木寿美子[ササキスミコ]
1930年、長崎市生まれ。生家は酒店経営。4人兄弟姉妹の末っ子。1936年、城山尋常小学校(国民学校)に入学するが、1940年に両親が相次いで病死。その後は長兄喜代治・千代子夫妻が親代わりになる。1943年、県立長崎高等女学校入学。女子挺身勤労令で兵器工場に勤務していたが、1945年8月9日、長崎市に投下された原子爆弾に被爆。ガレキの中に閉じ込められるが、九死に一生を得る。2003年、求めに応じ被爆・戦争体験を小学生に語ったことをきっかけに、自分の体験を語り継ぐことの大切さを痛感する。2020年には、『東奥日報』に「戦後75年あおもりの夏」というタイトルで、体験記が掲載された。2023年、国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館が企画した「ナガサキの証言 被爆者は語る」(DVD)でも体験を語っている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。




