内容説明
施設に収容されたメアリー・ルイーズの耳には、今もロシアの小説を朗読する青年の声が聞こえている―夫がいながら生涯秘められた恋の記憶に生きる女の物語「ツルゲーネフを読む声」。ミラノへ向かう列車内で爆弾テロに遭った小説家ミセス・デラハンティは同じ被害者の老人と青年と少女を自宅に招き共同生活を始める。やがて彼女は心に傷を負った人々の中に驚くべき真相を見いだしていく…「ウンブリアのわたしの家」。ともに熟年の女性を主人公にした、深い感銘と静かな衝撃をもたらす傑作中篇2作を収録。
著者等紹介
トレヴァー,ウィリアム[トレヴァー,ウィリアム] [Trevor,William]
1928年、アイルランドのコーク州生まれ。トリニティ・カレッジ・ダブリンを卒業後、教師、彫刻家、コピーライターなどを経て、60年代より本格的な作家活動に入る。65年、長篇小説第2作『同窓』がホーソンデン賞を受賞、以後すぐれた長篇・短篇を次々に発表し、数多くの賞を受賞している(ホイットブレッド賞は3回)。現役の最高の短篇作家と称された。2016年逝去
栩木伸明[トチギノブアキ]
1958年東京生まれ。上智大学大学院文学研究科英米文学専攻博士課程単位取得退学。現在、早稲田大学教授。専攻はアイルランド文学・文化。著書に『アイルランドモノ語り』(みすず書房、読売文学賞受賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ケイ
132
先日読んだ「Death in Summer」においても感じたことを、ここでも再び思う。孤独な女の空想や想像は狂気であるのだと。自分を生き延びさせるために、想像する。甘いことを。素敵な世界を。女の子が小さな時にするごっこ遊びは、頭の中でする甘い恋愛となる。空想の中でなら、愛しい人が優しく誘ってくれる、甘い言葉を囁いてくれる。それが、愛しい人が引き込んでくれた小説の世界なら、甘いままに記憶の中に抱えていられる幸せとなる。しかし、孤独な女が作り出す世界は、いびつ。2つ目の人生は、苦かった2021/02/22
mii22.
58
現実よりも虚構の世界に生きる意味を求めた二人の女性。メアリー・ルイーズはツルゲーネフを読むことで、ミセス・デラハンティはロマンス小説を書くことでしか充たされない現実や孤独から逃れるすべがなかったのは悲しい。苦しい現実に背を向け、空想や妄想の世界に迷いこみ、またいくらか正気を失うことは、きっと誰しもあるのではないかと思う。彼女達の生き方に共感はできないけれど、いつしか自分のこれまでの人生と重ねてしまい、心が苦しく痛かった。とてもとても痛かった。2017/12/06
星落秋風五丈原
57
「ふたつの人生」というとひとつは「ふたり」の人生。もうひとつはひとりの人の「ふたつの人生」。本書のタイトルは、その二つを足す。年の離れた夫と結婚したメアリー。独身なのにミセスをつけて呼ばれるミセス・デラハンティ。前者は寡黙で、後者は饒舌だ。だからといって後者が正直なわけではない。彼女の饒舌は鎧でありつまりは前者の寡黙と同じだ。嘘や裏切り、敵意や罪が全てこの世に溢れ出てしまったら間はその重みに耐えられない。虚構をうまく使いこなして、現実をやりすごす。トレヴァーは現実を直視して生きるべきだとは決して言わない。2017/11/28
りつこ
42
一作目は読む女、二作目は書く女。共通するのは現実で満たされないから想像に身を任せているところ。特に一作目のメアリーは、たった一回の甘い思い出にすがり、その思い出をたよりに生きていこうとする姿が悲しい。会っている時よりその後一人で思い出してその時間を生き直す時の方が幸せというのはよくわかるだけに、それに没頭するために自ら狂気の中に飛び込むメアリーの幼さと孤独が辛い。それでも現実だけではなく想像の世界を描くことで生きていくことができるのも事実。いつも通り苦いトレヴァー。でもやはり素晴らしい。好きだ。2018/07/02
かわうそ
42
「ツルゲーネフを読む声」が圧倒的に素晴らしい。平凡な人生の中でただ一つ輝く思い出を大切に抱え込み、苦い現実から逃れるためその記憶だけを頼りに生き続ける女性。客観的に見た姿と幸せそうな本人のギャップに鬱々としながらも、思い出の核が事実であることに多少の慰めを感じる。2018/02/28
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- 和書
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