内容説明
母親は井戸に飛びこみ、祖父は自分を殺そうとする。寒村に生きる少年の目に鮮やかに映しだされる、現実と未分化なもう一つの世界。ラテンアメリカの魔術的空間に、少年期の幻想と悲痛な叫びが炸裂する!『めくるめく世界』『夜になるまえに』のアレナスが、さまざまな手法を駆使して作りだした「ペンタゴニア(5つの苦悩)」の第1部。
著者等紹介
アレナス,レイナルド[アレナス,レイナルド][Arenas,Reinaldo]
1943年キューバの寒村に生まれる。65年『夜明け前のセレスティーノ』が作家芸術家協会のコンクールで一席となりデビュー。第2作『めくるめく世界』(66)以後、国内での出版は認められなくなるが、68年には同書が仏メディシス賞を受賞し、海外での評価が急速に高まる。国内での性的・政治的抑圧を逃れ、80年難民の一人としてアメリカに亡命する。90年ニューヨークにて自死
安藤哲行[アンドウテツユキ]
一九四八年、岐阜県生まれ。神戸市外国語大学修士課程修了。現在、摂南大学教授
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感想・レビュー
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ヴェネツィア
177
キューバ出身(のちにアメリカに亡命)の作家、アレナスのデビュー作。小説なのだが、詩のようでもあり、また篇中にはシナリオも含まれ、およそこれまでの小説とは大いに趣きを異にする。言葉は次から次へとダイナミックなリズムで展開する。すさまじいばかりのスピード感で。訳者の苦心がしのばれるが、原語のスペイン語だと一層にリズミカルだと思われる。また、現実と幻想(あるいは幻視)が目まぐるしく錯綜し、その意味では一種の幻想文学だと言えなくもない。ただし、それは幽暗に包まれているのではなく、あくまでも軽快で明朗なのだ。2014/12/28
かわうそ
34
少年が認識した世界をそのまま文章にしたかのように、事実なのか妄想なのか比喩なのか判然としないまま破天荒なエピソードがテンポよく連なっていく。どうしても目が上滑りする感じで十分に内容を理解できたとは言えないけれど、リズミカルなフレーズの釣瓶打ちはエネルギッシュで楽しかった。2016/12/26
長谷川透
32
大地を叩くようなリズム。アチャスアチャスアチャス。この歌は誰の声なのか。生者が死者に捧げる鎮魂歌か。否、死者の歎きなのか。どちらでもないような気がしてならない。キューバの大地に潜みながらも「存在する」とは別の形で生者に関る者たちの声。それには当然死者も含まれるが、死者でさえもない何者か、悪霊だったり、妖精だったり、魔女だったり。そして生きながらも、生者でありながら、奇妙な形で生者の世界に関る者たちの声。この国にあってはもはや、生きているも、死んでいるも、大した問題ではないのでなかろうか。今週中にまた読む。2013/02/18
tomo*tin
30
独特な旋律とリズムが繰り返される生と死を彩り、円環する絶望が呪詛の様に全てを覆う。ここでは何も起きておらず、けれど何もかもが起きていて、永遠に起き続けていて、それには終わりがない。幻想が悪夢と手を繋ぎ、詩が現実を貪り喰う。随分と遠くまで歩いてきたと思っていたのに、ふと顔を上げると見慣れた景色が広がっていて、実はスタートすらできていなかったことを知る。その残酷さに悪酔いした。やっぱり南米は恐ろしい。でも好き。2009/06/20
zirou1984
28
苦悩と無垢がキューバの地で結びつく。幼少期の記憶が幻想と反復によって塗り替えられていく。小説という枠組みに対して余りにも逸脱を続ける本作は読書を戸惑わせずにはいられないが、これはタイプライターをピアノのように打ち続けた若干20歳の青年の、迸る言葉への欲望の現れなのだろう。斧を持って切りかかる祖父への恐怖はリズムによって融解し、異端であることの寂しさがセレスティーノと共に生きる想像力によって飛翔する。物語を引き裂くように幾度も挿入されるエピグラフは世界の裂目であり、逃避先でもある。鳥のようにぶっ飛ぼう。2017/12/23