内容説明
モロッコ、フェス。1人の男が生まれかわる。言葉を捨て去り乳児となった男は、3人の男女に護られて聖なる歴史の「南」へと向かう。猥雑な都市の喧噪と砂漠の静寂とを経巡りながら、正気と狂気の揺らぎの中で彼らが行きつく先は…。『砂の子ども』の作者が描く、癒しと再生の物語。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
新地学@児童書病発動中
125
生まれ変わった男が3人の男女と旅をして、「南」を目指す。舞台となるのは馴染みのないモロッコで、エキゾチックな描写を読んでいくだけでも楽しい。イスラム教の信仰が日々の生活の隅々まで根を下ろしている世界。フランスによる植民地支配の傷跡があちらこちらに残っている。「南」とは砂漠であり、ヨーロッパの「北」と逆の世界を指すのだろう。物質的な世界ではなく、神話が息づいている世界。いずれの登場人物たちも心に傷を抱えており、旅を通して癒しを求めるが、明確な救いは示されない。砂漠の蜃気楼の揺らめきが感じられる美しい物語。2016/09/14
刳森伸一
5
フランス占領下のモロッコを舞台にした風変りな群像劇。うだつの上がらない男が転生した赤ん坊とその赤ん坊と共に巡礼の旅に出る男女を中心に、様々な人々の人生が静謐な文体によって語られる。折り重なれて積る個々の物語が1つの大きな物語を作ることはなく、少しずつ絡まり、寄り添いながらも別々に進む。それはあたかも孤独から逃れることはできないが、それでも寄り添い生きる人間そのもののようだ。2020/07/22
NY
1
フランスへの従属が生んだ社会の分断、壊滅的な被害をもたらした大地震、弱者に対する情け容赦ない暴力の数々。歴史と記憶が何層にも重なった末の、現代モロッコが抱える矛盾と災厄が、街角の喧騒と混沌そのままに霊的に表現されている。そんな印象を持ちました。 今のモロッコは発展が著しく、西アフリカへの経済的野心を隠そうとしません。本書でも度々語られる寓意的な方角としての「南」に、モロッコの南方への源流的なこだわりを感じます。そして、社会の複雑な矛盾はそのままに、南のサブサハラ諸国に手を伸ばしているかのように見えます。2017/10/18
栗山 陸
1
作中の表現である「歴史/物語(イストワール)」というのがしっくり来るような、もしくは登場人物の言葉、「砂漠の物語」がぴったり当てはまるような、茫洋として無限の広がりを感じさせるお話。宗教テーマなら任せろー(バリバリ と思ったらイスラムだった上に宗教あんまり関係なかったでござる。2010/06/20