内容説明
18世紀半ばのイングランド西部。緑濃い森の洞穴の暗闇で、何が起こったのか。この日を境に忽然と姿を消した五人の旅人の行方を追い、敏腕弁護士アスカーが事件の真相に迫る。処女のごとき娼婦、悪魔のような貴公子、聾唖の召使い、謎の依頼人、そして洞穴での怪しい儀式と驚くべきヴィジョン。数々の調書、書簡、雑誌記事から浮かび上がる不可解な事実は、一体何を物語るのか。『コレクター』『フランス軍中尉の女』の巨匠が挑む、歴史=反歴史ミステリ。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
藤月はな(灯れ松明の火)
85
メタ視点によるSFでも幻想小説でもミステリーでもありますが、フェミニスト小説としての比重が大きい作品だと思います。五人の消失と自殺した男の謎は『藪の中』のように煙に巻かれます。一方で階級と男尊女卑に左右された事件を陰々滅々と読者の伝える新聞記事には変わらない人間社会に鬱々とするしかない。アスターの上流階級に阿る似非フェミニストぶりにフラストレーションが溜まり、レベッカとの応酬ではレベッカに声援を送っていました。「女は皆、娼婦。夫の言う事を唯々諾々と聞き、本心を隠すのならば」、「夫を軽蔑するために従うだけ」2017/05/19
棕櫚木庵
21
1/2) シェーカー教団(「シェーカー・デザイン」の祖)とその創始者アン・シェーカーが生れ出た「マゴット」(幼虫)の姿を描いたフィクション.ある謎めいた失踪事件に係る報告書・尋問調書と,当時の雑誌記事などからなる.そのような構成上,物語の世界に浸り切ることは難しく,しばしば現実世界に引き戻され,現代の目で物語の世界を見ることを強いられる.たとえば,尋問調書を読むと,事件に係る内容の他,その受け答えの様子から,身分社会や女性の地位などへと自ずと思いが飛ぶ.これは作者が意図したことだろう.2021/02/19
em
14
さすがファウルズ、がっちりと掴まれ、存分に幻惑してくれました。様々な要素が入ったミステリ仕立てのマゴット(奇想)。娼婦と貴公子、聖痴愚のような従者。18世紀半ば、産業革命前の時代そのままに生きている人々は変化を悪と、民主主義を無政府主義と呼ぶ。後に忘れ去られる宗派、異端と呼ばれるものは、実践においては極端で狂信的に見えるにも関わらず、その精神の純粋さがなぜか人を惹きつける。これがあっさり古い時代の蒙昧と片付けられず、新時代の概念と拮抗した対立を見せてくれるのも、物語としての面白味のひとつ。2017/11/02
志ん魚
12
1枚の女性の肖像画から幻視された、妖しくも濃厚な歴史改変ミステリ。緻密に考証されたリアリズムと、宗教的な幻想、さらにはSF要素までが幻惑的にミックスされ、最後の最後まで色と形を変え続ける謎を追いかけるように楽しめた。ただやはり、キリスト教と階級社会の秩序維持システムが密接に絡み合ってきた英国ならではの物語だなと思う。宗教的カタルシスとは無縁の自分から見れば、教義の内容や解釈の変化がどうのというよりも、千年以上の歴史が宗教を中心に形作られているという現実そのものが、最大の罪なんじゃないかと思うのだが。。。2012/02/01
きりぱい
9
序盤の5人連れの話から謎。18世紀半ばのイングランド。若い男性3名、年配の男性1名、若い女性1名の一行が森を行き、一人は死亡、4人が忽然と消えた事件。のちに供述が繰り返されるのだけれど、信頼できない語り手たちに、誰が?ではなくもう何が?と読むほどに謎。オカルトとも淫蕩ともつかないイメージは、最後に見つかった女の証言で真相がわかるかと思われたのに余計おかしくなってきた。真相は?貴公子の行方は?そして女の宗教観。シェーカー派のはしりはイングランドだったんだ、と。まあ、話はフィクションだけれど。2013/01/30