内容説明
ディケンズ、ラスキン、ホルマン・ハント…。洗練や調和より悪趣味すれすれの細部の充溢を好んだヴィクトリア朝の芸術家たちを、驚異的な博覧強記で読み解く古典的名著。
目次
第1章 無頓着な全体
第2章 絵画を読む
第3章 都市とピクチャレスク
第4章 細部と努力
第5章 建築を読む
第6章 「過去は詩人に、現在は豚に」
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
にかの
3
名著です。絵画、小説、詩、散文等の様々な分野から題材を拾い、英国ヴィクトリア朝の価値観、時代精神、思想などあらゆる側面を包括的にうまくまとめあげています。これはこの時代が好きな人にはたまらないでしょう。ただやはりこの時代の文学、絵画、歴史を知っていないとその魅力が半減する一冊でもあります。世界史の本を一通り見直し、文学作品を読み、絵画を見てから読むことでこの本がいかに全体をうまくまとめてあるかがわかります。個人的には当時のハプスブルク帝国に近い国民性をこの本から感じました(頽廃的な側面は薄いですが)2012/11/17
misui
3
19世紀英文学を中心として各分野に波及していった「細部の追求」という傾向について論じる。ロマン主義を継承したヴィクトリア朝の小説は、古典的な形式を脱して細部/内面を追求するあまりに全体としてはぶくぶくと不恰好なものになり、他分野へと同様の傾向を広めるとともに、美術においてはピクチャレスク、建築においてはゴシック等の概念を摂取した。それには近代の時代精神が関与している、ということらしい。ちょっと雑に読んだ。2012/04/29
ルートビッチ先輩
1
ロマン主義がシェイクスピアを評価したとき、それは古典主義的規則への無頓着さに惹かれてのことだった。すなわち演劇の登場人物は性格の寓意ではなく、そこで正に「人物」となっていた(小説的存在感の獲得)。この無限性は自然のモデルとも重ね合わせられ、グロテスクなものとしての小説(的なもの)を賛美するようなロマン主義運動が生まれてくる。それは絵画においてもそうだったが、ヴィクトリア朝に入るにつれてそういった規則の無視によって可能になった情緒の表現は観客に頼り切りになるようになる。2014/12/21