出版社内容情報
佐藤春夫 著
須永朝彦 編
長崎のアヘン窟を舞台にした探偵小説「指紋」。不可思議なドッペルゲンガー譚「奇妙な小話」。ナンセンス童話劇「楽しき夏の夜」。他「黄昏の殺人」「月かげ」「薔薇を恋する話」「形影問答」等の9篇。
須永朝彦 (スナガアサヒコ)
1946年、栃木県生まれ。歌人・作家。 著書に、「鉄幹と晶子 」(評伝)、「東方花傳」(歌集)、「就眠儀式」(吸血鬼譚集)等がある。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ハチアカデミー
13
何といっても代表作「美しき町」が白眉なのだが、「指紋」「奇妙な小話」といった自己分裂物、タルホの師であることを納得させられる「形影問答」「魔のもの」などなど春夫の多様性を味わうことのできるアンソロジーである。この捕らえ所のなさこそ最大の魅力。かつて春夫の時代があったのだ。だがしかし、大正の終わりと芥川の死とによって姿を潜めていく。まだまだ全貌が見えない作家だが、いまでも存分に楽しめる。『田園の憂鬱』で見切ったつもりの読書家には是非手にとって欲しい一冊。春夫の死後50年がたったのだから、もろもろ文庫化希望。2014/01/28
hgstrm2
4
銀の洪水をもたらす明鏡のような満月の夜に繰り広げられる、狂気寸前の幻想的な世界は、神経衰弱の芸術家或いはアヘン吸引者の幻か。それは超現実的美しさを湛えてはいるものの、救いもなければ奈落もなく、その骨格も脆弱に過ぎ、ただの夢の描写のようなもの。これは散文詩だからと言われたらそれまでだが、物足りない感は否めず、例えば鏡花や谷崎には遠く及ばず。耽美とか幻想というのは、ただ美しければいいのとは違う、ということを再認識。とはいえ例えば「奇妙な話」などは、ホフマンの「砂男」的緊迫感漲る戦慄すべき傑作と思われた。2016/06/23
氷沼
1
稲垣足穂のかつての師、大正期屈指の幻想文学者、佐藤春夫の作品群から須永朝彦が選りすぐった11篇を収めた一冊。 探偵小説好きとしてはやはり「指紋」だが、幻想文学としてはやはり「美しき町」か。 他にも「海辺の望楼にて」「薔薇を恋する話し」、メルヘンチックな掌編「魔のもの」などが大の好み。ロマンティックな青白い文章、骨格がぼやけた散文詩様の作風、兄貴分の谷崎とは作風を大きく異にし、やはり稲垣足穂の世界に近いかなと思う。 今なら『新編日本幻想文学全集』で全編読める。2025/01/25