内容説明
宇野久美子はアパートを引き払い、和歌山に帰ると周りに告げていた。しかし、それは自身をこの世から消し去る演出だった。死に場所に選んだ湖に向かうべく伊東で列車を降りるが、予想外の雨。濡れた彼女に声をかけた紳士の誘いを断わり切れず車に乗ると―。(「肌色の月」)絶筆となった表題作をはじめ、多彩なジャンルで活躍した著者のミステリ作品傑作集!
著者等紹介
久生十蘭[ヒサオジュウラン]
1902(明治35)年北海道生まれ。東京の聖学院中学中退後、故郷に戻って函館新聞社に入社。1928(昭和3)年、新聞社を退社して上京し、岸田國士に師事。翌年、演劇研究のためにパリに渡り、パリ市立技芸学校で学ぶ。1933年、同校を卒業して帰国。同郷の後輩の水谷準が編集長を務める「新青年」に翻訳、ユーモア小説、著名人インタビューなどを寄稿。1936年のミステリ長篇『金狼』から久生十蘭のペンネームを主に使用する。1952年、「鈴木主水」で第26回直木賞を受賞。1955年、吉田健一の英訳した「母子像」でニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙主催の第2回国際短篇小説コンクール第一席に入選。1957年10月、食道癌のため死去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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Ribes triste
13
病床で書かれた「肌色の月」の結末を、奥様が書かれたと知り驚く。収録されている奥様の随筆を読んで、十蘭作品のヒロインのモデルは奥様だったんだなあと思う。作品のことを話し合えるご夫婦の関係性がとても素敵だと思う。その一方での「金狼」の強烈でダークでドラマチックな世界に幻惑され、十蘭の凄みを知る。読めてよかった。日下さん、光文社さん、ありがとうございます。2023/05/15
Kotaro Nagai
8
本来なら昨年中に刊行されるはずが大幅に遅れて刊行。その理由は巻末の編者解説と編集部注にある。「金狼」「妖術」「妖翳記」「酒の害を繞って」「白豹」「肌色の月」「予言」「母子像」を収録。本書の目玉は文庫初収録となる「金狼」(昭和11年)でしょう。初めて久生十蘭名義で発表された作品。十蘭独特の語り口が楽しめる。「肌色の月」は絶筆となった未完の作品。残りを幸子夫人が十蘭のメモをもとに完結させたもの。「妖術」「妖翳記」「酒の害を繞って」「白豹」も既刊の河出文庫や岩波文庫にも未収録で、十蘭ファンには必携の書である。2023/03/31
鷹ぼん
6
『金狼』は好き放題に書いている印象。「これってどういうことなん?」という疑念渦巻く幕切れ。絶筆の『肌色の月』は夫人による「あとがき」が非常に読ませる。その夫人が後を続けた結末への物語は、十蘭もこう書いたのではと思うが…。『予言』を読んでいて「あれ?この展開は『妖術』やろ?」と。それもそのはず『予言』は『妖術』の仕立て直しだった。催眠トリックを描いた作品に催眠術にかかってしまったようで、こういう読者はちょろいもんだ(笑)。『酒の害悪を繞って』は、すっとぼけた感じで面白い。ほとんど「落語」。これも十蘭の魅力。2024/03/05
mimosa
2
先に予言を読み引き込まれて本書を読んだ。肌色の月は結末が読めず、死体の上がらない湖のおどろおどろしさに一気に引き込まれた。結末部分はなくなった作者の奥様か引き継がれた事、よりによって主人公の畏れている癌に犯された事なども重なり、作品の重みが増している。2025/01/05