内容説明
人間は、亡くなったらおしまいではありません。小児がんの子どもたちと向き合って40年、小児科医としてはじめて知った「生きることの意味」。
目次
はじめに 四歳で死ぬのも九十五歳で死ぬのも、そのいのちの輝きに変わりはない
第1章 自分のことを大切だと思えますか?
第2章 苦しんでいる人にどんな声をかけますか?
第3章 目に見えない大切なものに気づいていますか?
第4章 夢や希望はありますか?
第5章 一生懸命に今を生きていますか?
おわりに 死ぬことを通じて、生きる意味を教えてくれた二百人の子どもたち
著者等紹介
細谷亮太[ホソヤリョウタ]
聖路加国際病院副院長、小児総合医療センター長。1948年、山形県生まれ。東北大学医学部卒業後、聖路加国際病院小児科に勤務。小児がんが不治の病だった70年代にテキサス大学総合がん研究所に3年間赴任し、最先端の治療を学ぶ。帰国後に、聖路加国際病院小児科に復職。小児科部長として小児がんの子どもたちの治療にたずさわると同時に、子どもたちとのキャンプ活動や執筆活動にも取り組む。俳人としても旺盛な活動を行う。専門は小児血液・腫瘍学、小児保健など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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ぱんにゃー
45
四歳で死ぬのはかわいそう、年寄りはしょうがない。と私たちはいのちを勝手に評価しますが、 細谷さんも日野原さんも「四歳で死ぬのも九十五歳で死ぬのも、そのいのちの輝きに変わりはない」と言われています。この言葉を何度も読み返してみると 『「いのちそのもの」の輝き』 のことなんですね。きっと。 ありがとうございます。(コ) 2014/03/18
みつりんご
24
私は夏期休暇中である。あと何日で会社が始まる。何気なくそう思うのは自分に明日、そしてそれ以降の明日が当たり前に来ると普通に思っているから。自分に明日が来ることを願う。そんな事を祈りながら辛い治療に耐える子供達に毎日寄りそう聖路加小児科の細谷亮太先生。暮らしの手帖のエッセイの優しく語りかける文章で知りました。日々儚く幼い命を助ける、そうでないこともある。そんな細谷先生の「命を大切に」は誰にでも響くはずだ。2017/08/14
1039kuri
20
〜小児がんの子どもたちとは、「たとえ鉄砲の弾が飛んできても、大丈夫!たいしたことはない!」と言えるくらいの精神状態でいないと向き合えない…〜を読んで、一瞬ですが、身が引き締まりました。なんと自分がユルいことか。細谷先生の経験されたこと、命の重み、人の他者を思いやる気持ち、胸を打たれました。2014/04/12
オリーブ
5
多くの幼い子どもの死を見つめてきた小児科医である細谷さんは亡くなっていく子どもたちから命の尊さを教えられたと仰っています。そしてそんな子どもたちのことを尊敬する様子が書かれていました。子供に対して「まだ小さいから何も分からない」と私たちは思いがちですが、全くの逆なんですね。生きている私たちは欲の塊だったりしますが、死を意識すると欲が少しずつなくなっていくんだと理解しました。「ありがたい」ことに命を頂いてこの世に生まれた私と言う存在。「有ることが難い」つまり奇跡なんだと思うとこの奇跡を活かしていかないと!2014/03/26
夜間飛行
5
私は小さい頃、幼稚園に送ってくれた母親が帰ったあとの心細さを今でもはっきり覚えている。幼児期には、ほんの少し親と離れるのも心細く、その孤独感は人生半ばを過ぎた今でも傷痕として心に刻みつけられている。ところが、小児癌で亡くなる子供たちは、永遠に親と別れ、天国への道をたった一人で歩いていかねばならない。その心細さを思いつつも、はっきりと子どもに告知して一人の人間として扱うべきだという細谷先生の言葉に、心打たれずにいられなかった。この本には、病気によって豊かな生き方ができるようになった子供たちも紹介されている。2012/12/15