「コーダ」のぼくが見る世界―聴こえない親のもとに生まれて

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「コーダ」のぼくが見る世界―聴こえない親のもとに生まれて

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  • サイズ 46判/ページ数 176p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784314012089
  • NDC分類 369.27
  • Cコード C0095

出版社内容情報

【試し読み】はこちらからご覧いただけます(PDF 2.59MB)

もし、親の耳が聴こえたら――なんて、想像もつかなかった。

ときに手話を母語とし、ときにヤングケアラーとみなされて、コーダは、ろう者とも聴者(ちょうしゃ)とも違うアイデンティティをもち、複雑な心を抱えて揺れ動く。
日々の通訳、聴こえない親とのコミュニケーション、母語としての手話、手話歌や「感動ポルノ」との付き合い方、マイノリティとして生きること。作家である著者が、幼少期の葛藤や自身のなかにある偏見と向き合いながら、コーダの目で見た世界を綴る。

2024年9月公開映画「ぼくが生きてる、ふたつの世界」原作者の最新エッセイ集。

※コーダとは、Children of Deaf Adultsの略(CODA)で、聴こえない/聴こえにくい親のもとで育つ、聴こえる子どものこと。

「聴こえない親を持ったことで、たしかに必要以上の苦労をする可能性は否めない。けれど、過去を振り返ったとき、そこにネガティブな想い出しかないのかというと、そんなことはない。聴こえない親と過ごした時間のなかには、幸せな瞬間がたくさんある。そこは“ふつう”の子どもたちと同じなのだ。」(本書より)

《Contents》
はじめに 聴こえない親のもとで育つ、聴こえる子ども
1 1 聴こえない親との関係/2 ラベルがもたらす安堵感/3 コーダはヤングケアラーか
2 4 手話とはなにか/5 親との共通言語を取り戻す/6 音楽との付き合い方/7 作品に描かれるマイノリティ/8 「知る」だけで終わらせない
3 9 テクノロジーとコミュニケーション/10 コーダと家族/11 父について/12 もしも親が聴こえたら
おわりに コーダを生きる

内容説明

コーダ(CODA)=聴こえない/聴こえにくい親のもとで育つ、聴こえる子ども。もし、親の耳が聴こえたら―なんて、想像もつかなかった。ときに手話を母語とし、ときにヤングケアラーと見なされて、コーダは、ろう者とも聴者とも違う複雑なアイデンティティを抱えて揺れ動く。映画『ぼくが生きてる、ふたつの世界』原作者の最新エッセイ集。

目次

1(聴こえない親との関係;ラベルがもたらす安堵感;コーダはヤングケアラーか)
2(手話とはなにか;親との言語を取り戻す;音楽との付き合い方;作品に描かれるマイノリティ;「知る」だけで終わらせない)
3(テクノロジーとコミュニケーション;コーダと家族;父について;もしも親が聴こえたら)

著者等紹介

五十嵐大[イガラシダイ]
1983年、宮城県生まれ。2020年『しくじり家族』(CCCメディアハウス)でエッセイストとして、22年『エフィラは泳ぎ出せない』(東京創元社)で小説家としてデビュー。『聴こえない母に訊きにいく』(柏書房)が第1回生きる本大賞にノミネート(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

さぁとなつ

23
「五十嵐さんの手話を見ていると、お母さんに大切に育てられたんだなと思います。とても素敵ですね」 本書からコーダをいろいろ分かることができた 手話は福祉ツールではなくて“言語”であること/感情は自然にメロディになること(子を想う子守唄は共通)/“手話歌”は聴者の自己満足なのではと問うこと/差別への「気づき」から「知ること」そして世間への浸透/サポートテクノロジーやサービスと心から伝えたい(つながりたい)と願う人の思い/「ふつう」って?// わたしの中にある傲慢さを恥ずかしく思いました 知りたいと思いました2025/05/13

だのん

19
日本語と手話は言語が異なるということに驚きました。そんなよく考えてみれば当たり前のことを、今までは考えてこなかった自分が恥ずかしいです。自分はこうすると便利だなと思うことでも、他の立場ならどうだろうかと、生活していく中でいろいろな可能性を考えられるようにしていきたいです。作者の五十嵐さんは小説も書かれているそうなので、そちらも含めて他の作品も読みたいと思います。2025/04/26

Eric

18
自分の経歴をこうやってオープンに話せるというのはすごい勇気だなあと思う。手話は言語のひとつという観点や、マイノリティ、社会のあり方などについて話が及ぶ。ろう者の世界、恥ずかしながらどういったものか全く知らなかった。本著を読んでもまだまだ理解が足りないはずだが、少しは身近になったかな。ろう者やコーダはサイレント・マイノリティとしてなかなか気づかれず、無意識の不便を強いられる局面も多そう。2024/11/18

ぽけっとももんが

14
手話にも日本手話と日本語対応手話、各家庭ごとのホームサインなど多岐に渡る。わたしたちがまず思い浮かぶのは日本語対応手話だろう。わたしは常々、歌に合わせて手話をするのはあれはろう者が見て楽しめるものなのかな、と不思議に思っていたのだけれども、やはり気持ちは嬉しいけど、くらいのものなのだろう。ただ、聞こえない人たちの困り事を減らすためにわたしたちができることはいろいろありそうだ。特別なこととしてではなく、キャッシュレスの券売機で途方に暮れる自分を助けてもらったようにさらっとお手伝いできるんじゃないだろうか。2024/11/04

しまちゃん

12
恥ずかしながらコーダという言葉を初めてしりました。周りにろう者やコーダの方がいない事もありますし、著者が書かれていたように、手話はいのちなので、安易に関わることに気が引けます。ハンデ関係なく、困った人を助け合えるのがいいなと思う私は偽善者なのかな。2024/10/19

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