内容説明
ドゥルーズ初期の代表作であるとともにニーチェの復権の烽火となった名著の画期的な新訳。ニーチェ哲学を体系的に再構築しつつ、「力能の意志」、そしてニヒリズムの極限形式にして存在の一義性としての“永遠回帰”をあざやかに論じ、生成/存在、肯定/肯定の肯定としてのニーチェ/ドゥルーズの核心をあきらかにする。
目次
第1章 悲劇的なもの(系譜の概念;意味 ほか)
第2章 能動的と反動的(身体;諸力の区別 ほか)
第3章 批判(人間諸科学の変形;ニーチェにおける問いの定型表現 ほか)
第4章 怨恨から疚しい良心へ(反動と怨恨;怨恨の原理 ほか)
第5章 超人―弁証法に抗って(ニヒリズム;同情の分析 ほか)
著者等紹介
ドゥルーズ,ジル[ドゥルーズ,ジル][Deleuze,Gilles]
1925年生まれ。哲学者。1995年、自ら死を選ぶ
江川隆男[エガワタカオ]
1958年生まれ。哲学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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syaori
59
「ニーチェは、反動的諸力の勝利を人間と歴史における或る本質的なものとして示す」と作者は言います。つまり全ての意志は、苦悩を誰かのせいにするルサンチマンや自分のせいにする疚しい良心に、そして生に倦むニヒリズムに堕してしまう。それに対し彼は、その思考から離れられない近代哲学の無能を告発し「別の思考」を示すのだと。それは生の肯定。もちろん生の苦悩そのままの肯定ではなく、苦悩を突き詰め価値を転換させること。新しい価値を創造し生を能動的なものにすること。ニーチェの「喜ばしき伝言」を、体系立てて教えてくれる本でした。2019/06/12
白義
17
間違いなく、最もエレガントで芸術的なニーチェ論の一つ。ツァラトゥストラや道徳の系譜学を中心に、心身論や存在論、主体と権力とありとあらゆるテーマからニーチェを、力能の観察者と肯定への闘争者として描く、健全にして軽やかなる人々のための本。そのままでは荒さ、危険な悪解釈の可能性を残していたニーチェを現代思想風にリメイクして、強く、早く、軽やかで稲妻のような激しい哲学にしている。怨恨や後ろめたい良心の分析と対置された主権者のモデルは見事。ニヒリズムやルサンチマンに根本から抗い、力強く生きるための、最高の武器2011/10/23
またの名
15
ここまで高度な研究を提出されると非常に辛いのは後続者。混沌と断片の中で思考した哲学者を構成する様々なラインを、その哲学者自身が常に複雑で多様な力のカオスから事物の優れた解釈を引き出したように、抽出し再構成してみせる。能動vs反動の対で働く力より根源的な次元にある肯定・否定の力能を、禁欲主義や宗教や弁証法や傍観者やニヒリズムといった反動の力が支配してきた歴史からディオニュソスの勝利に転じるために、同じものの永遠回帰という理論を棄却。自らの破壊にまで至ったニヒリズムが肯定に変質する瞬間に、ドゥルーズは賭ける。2016/01/12
hitotoseno
14
ニーチェの遺作『力への意志』は妹エリーザベトによる改竄がもたらした悪評に基づき、学術的にはほとんど黙殺されている。ドゥルーズはそんな素朴実証主義には与しない。あくまでも「力能の意志」がもつ内在的な力を掘り起こすために、悪評に満ちたテクストを徹底して引用し続ける。凡百の解説書は、ニーチェの危険な部分に臆して、道徳的な解釈にはめこんだり、挙句には誤解に基づいた上っ面な非難を投げつけたりする。ドゥルーズは<系譜学>を正当に受け継いで、ニーチェの戦い続けた場所へと下りていく。ニーチェと共に戦うために。2013/04/07
wadaya
10
中学の頃僕にとってアウフヘーベンという考え方は魅力的で、方程式で解を得たかのような煌めきがあった。その後十代の終わり頃に実存主義と出会い、コペルニクス的転回に衝撃を受けたのを覚えている。当時はサルトル一辺倒で何故かニーチェに手を出さなかった。自然に受け入れられる順番みたいなものがあって、それは巡り合わせと選択なのだけれど、今この歳になって人生を反復するかのようにニーチェの思想に触れることができて嬉しい。本書はニーチェを理解する上で最重要な解説書になるだろう。難解なドゥルーズの入門としてもオススメである。→2019/11/05