内容説明
現代イタリア文学の巨匠にして世界的作家モラヴィアがヴィアレッジョ賞を受賞した名作であり、セドリック・カーンの話題の映画『倦怠』の原作。空虚な毎日を送る画学生ディーノの前に現れた十七歳のモデル…その美しい肉体と奔放な性、そして不意の裏切りに、彼の倦怠感は初めて愛に目覚める。絶望的な嫉妬心から狂気へと破滅する心理を見事に描く問題作。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
296
この長編小説の、ほとんど全編に亘って主人公ディーノを支配するのが嫉妬と執着である。35歳になる彼はもはや絵を描くことも断念し、すべてに倦怠していたはずなのにである。相手の肉体を性的に所有することは、愛の獲得を意味するのか。彼は、そうではないことを知りつつ、そうした時間を共有することでしかチェチリアを得ることができない。理性的な行動のすべてを奪う嫉妬は、終着点がないという意味において不毛である。性もまた不毛でしかない。ディーノにあっては、生そのものが不毛なのだ。最後に希望の予兆があるのがモラヴィアらしさか。2013/05/18
葉子
16
モラヴィアの本は2冊目。倦怠に日々苛まれている主人公と目の前にあることしか見えない少女の話。主人公は自分と周りにある物の繋がりが実感できず現実味のない毎日を生きてたのだけど、そこで愛とも知れぬ物に出会う。彼にとっては嫉妬をする事が世界を現実的に見せてくれるきっかけだったけど、人によってそれは様々だと思う。私にとっては自分と世界を結んでいるものはなんだろうかと考えながら読了。2014/09/20
ぞしま
14
空虚な女に翻弄される金持ちニート(失礼)男の心理劇。「ただそれだけ」とも言えるが、それにどこか古めかしいのだが、気になる作品、ときに身につまされたり、胸を突かれたりしながら読んでいた。空虚と言ったが、それは信頼ならざる語り手であるディーノの心理描写及び会話から読者が(私が)感じる推察する印象(でしかない)。だが物語に深淵さを与えるのはおそらくここなのだろう。エンディングが印象的だが、どこか作為的で、それもまた古めかしさの顕れか。長回しの何でもない会話が記憶を喚起するようなところがあり、すごく良かった。2020/07/07
yozora
8
肉体的所有はそれに先立つ精神的所有の繰り返しに過ぎず、そこから倦怠(不条理感、疎外感)が生ずるはずだったが、主人公の元に現れる女の子チェチリアにより「所有の不可能性』という問題系が現れる。『所有の不可能性』という否定項から逆説的に主人公は他者(チェチリア)を独立した存在として見出そうとするようになる。プラタナスや病院の木は、カミュやサルトルへの目配せだろうか。2023/06/13
Y.Yokota
7
「倦怠」という語が頻出する前半から、物語が展開していく中〜後半の流れで主人公ディーノの心理をうまく描いている。自分自身もディーノであると感じてしまうほど、執着、嫉妬といった人の内面を抉る優れた作品であり、だからこそつらい気分での読書を強いるという面も持つ。そして自分もやはりつらい気分で読んだのだけれど、『軽蔑』よりは気楽に読めたと思う。それは多分ディーノの金に対する感性と、救いと言えるエピローグのおかげだろう。チュチリアを人間とみるか神とみるか(または別の何か)で、読む人の印象が大きく変わると思う。2017/08/03