出版社内容情報
帝王のかく閑かなる怒りもて割く新月の香のたちばなを――新古今和歌集の独撰者、菊御作の太刀の主、そして承久の乱の首謀者。野望と歌に身を捧げ隠岐に果てた後鳥羽院の生涯を描く、塚本邦雄の傑作長篇。
著者情報
1920年生まれ。2005年没。歌人。51年、第1歌集『水葬物語』刊行、以後、岡井隆、寺山修司らと前衛短歌運動を展開。現代歌人協会賞、詩歌文学館賞、迢空賞、斎藤茂吉短歌文学賞、現代短歌大賞など受賞。
内容説明
帝王のかく閑かなる怒りもて割く新月の香のたちばなを―文化・政治・軍事の中心たらんと、新古今和歌集を編纂し、自ら太刀を鍛え、ついには承久の乱を起こし隠岐に果てた後鳥羽院。稀代の帝の栄華と波瀾に満ちた生涯を現代短歌の鬼才が流麗に描く、圧巻の歴史長篇。
著者等紹介
塚本邦雄[ツカモトクニオ]
1920年、滋賀県生まれ。歌人、評論家、小説家。歌誌「玲瓏」主宰。51年第1歌集『水葬物語』でデビュー。三島由紀夫の支持を受ける。以後、岡井隆、寺山修司らと前衛短歌運動を展開し、成功させた。『日本人靈歌』で現代歌人協会賞、『詩歌變』で詩歌文学館賞、『不變律』で迢空賞、『黄金律』で斎藤茂吉短歌文学賞、『魔王』で現代短歌大賞を受賞。2005年逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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夜間飛行
183
良経が机上に置いた千二百番の詠草を見て、《月やそれほの見し人のおもかげをしのびかへせば有明の空》こういう歌に心を奪われる15才の歌狂いがいた。遊興や武芸に耽る乱行ぶりは、海に沈んだ宝剣の代償を求める十代の衝動なのだろうか。良経や宮内卿の死は惜しいが彼の道を変えはしない。叔母式子内親王の死に際しては歌の世界の「忍戀」に沈潜する。まるで新古今和歌集に歌人達の死が捧げられるかのようだった。そして才能を高く買った定家を憎み続ける。作者はその撰歌と配列に潜む情念を描き出し、流謫の王の人知れぬ渇きと慟哭に迫っていく。2023/03/23
藤月はな(灯れ松明の火)
59
「右大臣実朝」と併読して読了。歌や武芸を愛し、鎌倉に実権を執られる現実に忸怩たる想いを抱き、壇ノ浦で沈んだ草薙剣の代わりとなる皇位への正当性を持つ刀を自ら作った後鳥羽院。傍若無人で峻烈故に藤原定家を陰気な男として遠ざけ、実朝の都へ憧れながらも実行に移さない臆病さを嘲る。だが共に過ごした秀能や寵愛した医王へは濃やかな愛情を注ぐ院は高雅故の愛らしさを持つ。だからこそ、承久の乱後に命を散らした臣下達に涙を流し、二度とは帰れぬ都への惜別、もう、逢えぬ人々への息災を願う姿に読者も同じく、涙を禁じ得ないのだ。2023/01/21
優希
48
『古今和歌集』の編纂をしたという印象の強い後鳥羽院ですが、承久の乱を起こしてもいたのですね。波乱の人生を送った稀代の院が後鳥羽院と言っても良いでしょう。迫力ある歴史小説でした。2023/03/21
かふ
16
塚本邦雄は幻想短歌の雄であり前衛短歌という一翼を担った歌人である。そんな塚本邦雄が小説で後鳥羽上皇を描こうとしたのは、紫式部が『源氏物語』を歌物語として描いたことが意識の中にあったと思う。『源氏物語』が武家社会の到来と共に滅びていく王朝栄華物語を描いたのであれば、塚本は滅んでいた王朝栄華の最後の足掻きとして『新古今集』をプロデュースした後鳥羽上皇の幻視の勅撰集という形が徒花をこの世の地獄に咲かせた花なのだろう。それは慈円の悟りを開くという仏僧のあり方ではなく天皇の栄華を尽くすという欲望のあり方なのだ。2023/03/29
ハルト
11
読了:◎ 帝王・後鳥羽院。新古今和歌集編纂したことでも有名。文武両道でもあった彼は、承久の乱を起こし、隠岐へと流される。▼栄華と波乱に満ちた人生。神器の剣を失い即位したゆえ、心に鬱屈を持ちながら、さまざまな芸術・武道に没頭することで、気持ちをまぎらわせようとする。▼後鳥羽院の情念のようなものが、立ち上るような小説。著者のこだわりによって美文小説となった本作は、著者の歌人としての矜持も現しているようにも思えた。▼小説から浮かび上がってきたのは、後鳥羽院の孤独さだった。平凡だったら、また違う幸せを得られたかも2023/03/09