内容説明
「私は、この六月に、オランダ人の若い女性を殺し」…殺人事件の犯人から届いた手紙に導かれ、作家は巴里へ。滞在期間は七日。妄想と現実が綾なす虚構空間に事の次第が浮び上がるも、主人公は依然迷宮を彷徨う。果して出口は見つかるのか。第88回芥川賞受賞作と、その後日譚「御注意あそばせ」を収録した完全版。
著者等紹介
唐十郎[カラジュウロウ]
劇作家・演出家・俳優・小説家。1940年、東京生まれ。明治大学文学部文学科演劇学専攻卒業。1964~1988年、劇団「状況劇場」座長。1970年、『少女仮面』で岸田國士戯曲賞、1978年、『海星・河童』で泉鏡花文学賞、1983年、『佐川君からの手紙―舞踊会の手帖』で芥川賞、2003年、『泥人魚』で鶴屋南北戯曲賞・読売文学賞受賞。現在、劇団「唐組」主宰。著書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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遥かなる想い
186
第88回(1982年)芥川賞。 フランスでの実際の事件をもとに、唐十郎が 創り出したこの作品…物議を醸したらしいが、 パリの女性に対する日本人男性の屈折した 感情が上手く表現されている。 「白い」人であり、自分より 大きな女性への あこがれは、当時の人々の秘められた感情なの だろうか。よくわからなかったと言うのが 実感だが、演劇を見るような印象の作品だった。2017/11/04
ヴェネツィア
121
1982年下半期芥川賞受賞作。芥川賞を新人作家の登竜門とするならば、これほどに新人離れのした新人も珍しい。確かに小説の分野に関してこそは新人であったかもしれないが、唐十郎といえば状況劇場(現在は唐組)を率いて、日本の演劇界を席巻した当人なのだから。その存在感はもう圧倒的である。さて当該の小説だが、どこまでが本当でどこからがフィクションであるのかが極めて曖昧である。迷妄模糊としているのだ。最初の佐川君からの手紙はあるいは事実であるのかもしれない。しかし、物語が進むほどに小説世界は「妖しく」変容して行くのだ。2014/03/01
absinthe
115
佐川君とは、あの佐川事件の殺人鬼。著者は映画化の依頼を受けたようだが、フランスでも佐川との面会は果たせず。虚実織り交ぜて当時の様子を描くのだが。これはドキュメンタリではない。記述は半分以上が創作のようだ。著者は佐川君の独白ともいえる文書に「自己完結している」と感じ、素直に実像を探ろうとうはせず、別の表現方法を模索したようだ。absintheには佐川の言い分は芸術ぶったような身勝手なものに見え、直接対話して何か得られるようには思わなかった。著者も同意見だったのだろう。2024/08/06
Y2K☮
47
再読。黒いノンフィクションと紅いフィクションが混ざった戦慄グラデーション。実際にパリで猟奇的な殺人事件を起こしたあの人と手紙をやり取りしていく中で、唐さんの誤読故の妄想と記憶に眠る祖母のイメージが現実に接ぎ木され、斬新な花を咲かせていく。著者にとってはカニバリズムさえも圧倒的ではなく、単なる戯曲や小説の糧なのだ。架空の人物が現実に影響を及ぼし、巡り巡ってある人を入院させたりもする。げに恐ろしきは妄想の破壊力。ご注意遊ばせ。ところで人形師の四谷シモンさん、実名で登場しているけど大丈夫なのかな。興味あります。2016/03/19
大粒まろん
18
前半は幻視的で詩的な文体と煙に巻く文章は劇作家らしい。手紙と記憶と思考が行き交い。。暗転。中盤からはフランスに行く少し前とフランスに渡ってからは、街の描写は素晴らしく、目に浮かぶ様でした。が、後半ややモタモタした印象でもある。ただ、演劇として見ると、題材のショッキングさを薄め、程よい抽象性で、叔母と絡めて着地させる描きぶりが諸々受け入れさせてしまうのは、劇作家として、やはり巧いんだなぁーと。純文学小説として、新人の登竜門としてはどうかと言われると。んー。ま、題材自体にも抵抗があるのでなんとも笑。2023/09/12