内容説明
起死回生の戦法が、どうして「必死体当たりの特攻」でなければならなかったのか。その誕生にいたる秘話や回天・震洋などのさまざまな特攻兵器、全戦果、そして「まことに遺憾であるが、しかしながら、よくやった」と言ったとされる天皇の言葉と、成功の見込みがない戦法への痛切な意見など、特攻の壮絶な全貌を明かした決定版。
目次
序章 太平洋戦争と特攻(体当たり戦法としての特攻;開戦後、差が開き過ぎた日米航空戦力 ほか)
第1章 特攻の始まり―フィリピン特攻 「占領地」を防衛せよ(大西瀧治郎と神風特別攻撃隊の誕生;そのとき、いかなる戦況だったのか ほか)
第2章 特攻はつづく―アメリカ軍の沖縄上陸を阻止せよ(フィリピンから撤退した航空隊と、特攻戦士の養成;震洋特攻隊員、田英夫氏の場合 ほか)
第3章 特攻は終わらず―沖縄特攻 アメリカ艦船を撃破せよ(海軍の菊水作戦と陸軍の航空総攻撃;三〇〇機が出撃した四月六日の大特攻 ほか)
第4章 さまざまなる特攻―特攻兵器 回天・震洋・特潜・マルレ(「回天」の誕生;人間魚雷「回天」の特攻 ほか)
著者等紹介
森山康平[モリヤマコウヘイ]
1942年、中国の奉天(現・瀋陽)生まれ。週刊誌・月刊誌の記者を経て、太平洋戦争研究会会員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
kinupon
70
表紙の写真が逆に心に突き刺さります。戦争は絶対にしてはならないことです。2018/08/17
手押し戦車
25
特攻隊へ行った人は十代から二十代前半が多かったんだね。お母さん私の胸は日本晴れです。本当ですよ。少しも怖くない。少し時間があったので考えてみたら女手一つで兄弟3人育ててくれたお母さんのことを思ったら寂しくなってきました。それは、今日私が戦死した通知が届く。お母さんは優しいから涙が出るではありませんか。お母さん私も人の子。こんな事を考えてみましたらやはり寂しい。でもお母さん私が特攻隊で行かなければどうなると思いますか。戦争は日本本土まで迫ってくるんですよ。世界で一番好きなお母さんを守れるから私が行くんです2015/07/31
馨
10
いろんな本から引用も多く、写真もめっちゃ掲載しているのでわかりやすいと思います。 特攻攻撃をメインに書いてあるので隊員たちの気持ちなんかはそんなに触れられていません。特攻の種類や戦果がメインです。 震洋やマルレ作戦がフィリピン戦の時からやってたのは知りませんでした。2014/07/19
Hiroshi
6
特攻とは特別攻撃の略称。命と引き替えに体当たりして爆弾を命中させる攻撃方法だ。日本軍は太平洋戦争の末期の約10ヶ月間に特攻を行った。陸海軍は主に航空機を使ったが、海軍には特殊潜航艇、人間魚雷回天、爆弾装備のボート震洋があり、陸軍には戦車特別隊や爆弾装備のボート丸レがあった。特攻戦死者は5845人。海軍が4156人、陸軍が1689人だった。昭和19年のマリアナ沖海戦では、例え日本が十分な空母部隊を持っていたとしてもアメリカ空母部隊にはもはや勝てないことが露呈した。レーダーとVT信管の出現で技術的に勝てない。2021/07/20
旅烏
3
歴史には本当に疎いので、勉強のつもりで購入。分量が短く、読みやすかった。桜花と回天は知ってたけど、他にもモーターボートとかあったのねぇ。2013/02/09