出版社内容情報
金閣放火僧・養賢。その動機は結局わからなかった。それは一元化できない。分裂病発症直前の、動機を超えた人間の実存を追う。
内容説明
今から70年前、ひとりの青年僧が金閣に火を放った。その理由を問われた男は「美への嫉妬」とつぶやいたという。いや、この「行為」はそういうものなどではない。彼・林養賢に何があったのか。三島由紀夫は、期せずして、その真理を作品の中に描き出した。狂気に秘められた真相を追究・分析するノンフィクション。
目次
プロローグ 金閣焼亡
第1章 動機はあとから造られる
第2章 零度の狂気
第3章 他者の影
第4章 焼かなければならぬ
第5章 離隔
第6章 邂逅―小説『金閣寺』
第7章 ナルシシズムの球体
第8章 生きようと私は思った
エピローグ まつろわぬ者たちへ
著者等紹介
内海健[ウツミタケシ]
1955年、東京都生まれ。精神科医、専攻は精神病理学。1979年、東京大学医学部卒業。東大分院神経科、帝京大学精神神経科学教室を経て、東京藝術大学教授・保健管理センター長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
鉄之助
249
なぜ青年僧・林養賢は金閣を焼いたのか? 精神科医の著者が20年がかりで迫ったノンフィクション。林に何があったかを、三島由紀夫の作品『金閣寺』を通して分析している点が面白かった。事件のインパクトが強ければ強いほど、世間は犯人の動機、原因を見つけてほっと安心する。しかし、「動機はあとから造られる」という指摘が腑に落ちる。分裂病の前駆的段階では唐突な行為に走る事があるという。徹底的に無動機なのだ。後半は、三島由紀夫の精神分析に重点が置かれる。『仮面の告白』の仮面とは? 私にとって新鮮な発見が多い力作だった。 2020/07/26
ゆいまある
122
最も尊敬する精神科医(勿論イケメン)内海健最新刊。金閣が焼かれて70年という節目。先生が死ぬまでに書きたいと思ってらした内容だと思う。金閣を焼いた林養賢は後に統合失調症を発病する。発病前の不穏な空気を、まるで体験したかのように三島は書いていた。統合失調症とは何か。発病までに何が起きるのか。精神病理学的に抑えたあと、内海健による三島由紀夫考に移る。三島由紀夫とは何者だったのか。ナルシストである三島をナルシストである内海が書く。自身のナルシシズムを知性で守った内海にしか書けない三島がいる。天才とは孤独なり。2020/07/12
ひこうき雲
97
美に対する嫉妬─ないないそんなもの。ただそこに金閣寺があり、それを実行できる狂気があっただけ。2021/04/10
パトラッシュ
68
金閣寺を焼いた林養賢は精神分裂病であり「美への嫉妬」という巷に知られた動機はなかったと断定する。しかしナルシシズムの牢獄に囚われていた三島由紀夫は、報道された動機に自分と同じ滅亡への憧れを発見した。そこで正反対の境遇にいた二人が交錯し小説『金閣寺』が生まれたとする精神科医の分析は説得力に満ちているが、むしろ林こそ私小説作家の素質があったと思う。引用されている獄中からの手紙は『人間失格』の文章といわれても通用しそうだ。林が自らの思いを溜め込まず告白する小説を書けていたら、破滅型私小説の金字塔になっていたか。2020/09/17
びす男
62
精神科医が、三島由紀夫の「金閣寺」から狂気を掬い上げ、解剖した■「金閣寺を読み返して、犯人は未発の分裂病以外にはありえぬと確信した」と、著者。実際の犯人・林養賢の足跡からは「何かをなさねばならない」という、方向を失った自意識の迷走が見て取れる■著者は天才の姿も重ねる。美に憧れ、美から疎外された三島由紀夫だ■一方は、金閣寺放火の動機を説明できない「意識」。他方は、美を説明(表現)できるがゆえの幻滅に苛まれる「意識」。その脆さを抱えた精神が、「焼かねばならない」という命令律に共鳴しあったのではなかろうか。2021/04/05