内容説明
大二次世界大戦直後のパリ、八月のある朝、セーヌ河の河岸通りの古本屋で版画集を眺めていたブーベ氏が急死する。七十六歳のブーベ氏は近くのトゥルネル河岸通りのアパルトマンで周囲の人に慕われながら慎ましい暮らしをしており、身よりもいないと言われていた。ところが、偶然のことで新聞に載った故人の写真から、複数の人間が身内だと名乗って警察に現れる関わりがあったという何人もの女も現れるそのそれぞれが、謎と矛盾に満ちた、脈絡のないブーベ氏の前歴を証言するそして次第に戦前・戦中の暗黒の世界があぶり出されてくる果たしてブーベ氏とはいったい何者なのか。
著者等紹介
シムノン,ジョルジュ[シムノン,ジョルジュ][Simenon,Georges]
一九〇三‐一九八九。フランスの小説家。ベルギーのリエージュの貧しい家庭に生まれる。十五歳で学校をやめ、菓子屋、本屋などに勤めた後に十六歳で地方紙の記者になり、十七歳で処女作『めがね橋で』を発表して作家デビュー。二十七歳で発表した『怪盗レトン』からはじまる“メグレ警視シリーズ”は八十四篇を数え、各国語に翻訳されて世界的な名声を博す
長島良三[ナガシマリョウゾウ]
フランス文学翻訳家。1936年東京生まれ。明治大学文学部仏文科卒業。早川書房編集部を経て翻訳家に(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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ヴェネツィア
376
メグレ警視シリーズで名高いジョルジュ・シムノンの"本格小説"の1冊。帯にはジッド、モーリアック、アナイス・ニン、ヘンリー・ミラー絶賛との惹句が。メグレを含めてシムノンは初読。物語は、セーヌ河岸の古書店の前で突然に亡くなった隠居老人ブーベ氏の過去がしだいに明らかになってゆくという構想。一昔前のパリの風情と、フランス文学らしい香りに包まれる小説。全体の色調はまさにセピア色だ。孤高の小説のようにも見えるが、パトリック・モディアノがこの衣鉢を継いだのでは、と想像してみたりする。芦澤泰偉の装丁もいい感じだ。2019/09/23
白玉あずき
36
自称ブーベ氏の正体や如何にという謎解きより、彼の人生でかかわってきた女性たちの気持ち、生態を読み解く方が圧倒的に重いテーマとなる「文学的」な佳作。アパートの管理人マダム・ジャンヌの溢れんばかりの保護欲に感動。名ばかりの「妻」の見栄と矜持、わずか一年あまりの愛人であった記憶を哀惜する元娼婦。年老いても朗らかお嬢様でいられる妹。上流人士よりも貧しい人々に対する作者(とブーベ氏)の温かさが嬉しい。でも本当は、私が最初から最後まで気が気でなかったのが真夏の遺体の扱い方・・・・ドライアイスもないしね・・・2019/10/12
maja
20
セーヌ河岸通りの馴染みの古本屋で版画を眺めていたブーベ氏に訪れた死は思わぬ波紋を呼んでいく。近所の人たちによく知られた身寄りのない穏やかな老人とはおよそかけ離れた人物像が現れ始める。第二次世界大戦後のパリ、複数の名前を持つ彼の人生は戦中を挟んで次第に明らかになっていく。人情深いアパートの管理人と出会い彼の孤独は少しは癒されていたのだろうか。再びまた名の無い道を選ぼうとしていたのだろうか。葬列のクルマを遠くから見送る気分となっていく。2020/07/04
kthyk
19
新春のパリ散歩、しかし、手に取ったのはゾラではなく、シムノンだった。まぁ、現代のパリを歩くならメグレ警視が一番だ。ベルギー人シムノンが生み出した小説や映画はパリの下町の風景と様々な街の哀しみや悦びを、暖かみを持った眼差しで克明に書き取っていく。メグレシリーズは既に80冊を超えるが、この小説は定年間近なパリ警視庁のムッシュー・ボーペール刑事のきめ細かな聴き込みがポイントだ。76歳でパリ左岸の露店古本街で倒れたブーべ氏の謎を定年間近な老刑事が追うこの物語、しかし、シムノン自身も80歳を超えていたのではないか。2023/01/04
mizuha
17
ブーベ氏の死がもたらした謎。彼は何者だったのか。ブーベ氏の過去が明らかになるのに伴って、人生の所々で捨て去った者たちの過去もまた浮き彫りになっていく。パリを舞台に、メグレ警視シリーズのシムノンが描き出す洒落た物語。2015/01/14