出版社内容情報
肝胆相照らしたふたりの大家の出会い。対談、それぞれについての深いエッセイ。古典の話、西行の話、魂の話、など。
【著者紹介】
1910(明治43)年、東京生れ。実家は薩摩出身の樺山伯爵家。学習院女子部初等科卒業後、渡米。ハートリッジ・スクールを卒業して帰国。翌1929年、白洲次郎と結婚。1964年『能面』で、1972年『かくれ里』で、読売文学賞を受賞。他に『お能の見方』『明恵上人』『近江山河抄』『十一面観音巡礼』『西行』『いまなぜ青山二郎なのか』『白洲正子自伝』など多数の著作がある。
内容説明
達人は危うきに遊ぶ。美の探求者・白洲正子と、吉野の隠栖歌人・前登志夫は出会うべくして出会った。両達人の関心事が交わる対談と、それぞれへのエッセイを収める、邂逅の記録、全一冊。
目次
白洲正子・前登志夫対話(神憑りの神語り;吉野山散歩―桜狩り;南北朝異聞)
白洲正子エッセイ―前さんへ(石押分之子の神語り;前さんの風景;吉野山のもみじ)
前登志夫エッセイ―白洲さんへ(古国への相聞;木の年輪のことなど;気のみなもと―白洲正子の自筆歌帖より;聖なる無頼を;わがマレビト―白洲正子さんを偲びて;スサノオ探しの旅)
前登志夫・白洲信哉解説対談(「白洲正子」の魂を訪ねて)
著者等紹介
白洲正子[シラスマサコ]
1910年、東京生まれ。エッセイスト。古典・芸能・工芸などの研究家。白洲次郎夫人。幼時より、能を修める。青山二郎、河上徹太郎、小林秀雄らを知り、審美眼と骨董、文章を修業。『能面』『かくれ里』で読売文学賞受賞。1998年逝去
前登志夫[マエトシオ]
1926年、奈良県生まれ。歌人。55年より詩から短歌に転じる。68年より「山繭の会」を主宰。第三歌集『縄文紀』で迢空賞、『青童子』で読売文学賞、『鳥總立』で毎日芸術賞受賞。吉野山中での山住みのエッセイでも知られる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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Hatsumi Sakoda
小倉あずき
じろ