魂の居場所を求めて

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  • サイズ B6判/ページ数 156p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784309023489
  • NDC分類 914.6
  • Cコード C0095

出版社内容情報

肝胆相照らしたふたりの大家の出会い。対談、それぞれについての深いエッセイ。古典の話、西行の話、魂の話、など。

【著者紹介】
1910(明治43)年、東京生れ。実家は薩摩出身の樺山伯爵家。学習院女子部初等科卒業後、渡米。ハートリッジ・スクールを卒業して帰国。翌1929年、白洲次郎と結婚。1964年『能面』で、1972年『かくれ里』で、読売文学賞を受賞。他に『お能の見方』『明恵上人』『近江山河抄』『十一面観音巡礼』『西行』『いまなぜ青山二郎なのか』『白洲正子自伝』など多数の著作がある。

内容説明

達人は危うきに遊ぶ。美の探求者・白洲正子と、吉野の隠栖歌人・前登志夫は出会うべくして出会った。両達人の関心事が交わる対談と、それぞれへのエッセイを収める、邂逅の記録、全一冊。

目次

白洲正子・前登志夫対話(神憑りの神語り;吉野山散歩―桜狩り;南北朝異聞)
白洲正子エッセイ―前さんへ(石押分之子の神語り;前さんの風景;吉野山のもみじ)
前登志夫エッセイ―白洲さんへ(古国への相聞;木の年輪のことなど;気のみなもと―白洲正子の自筆歌帖より;聖なる無頼を;わがマレビト―白洲正子さんを偲びて;スサノオ探しの旅)
前登志夫・白洲信哉解説対談(「白洲正子」の魂を訪ねて)

著者等紹介

白洲正子[シラスマサコ]
1910年、東京生まれ。エッセイスト。古典・芸能・工芸などの研究家。白洲次郎夫人。幼時より、能を修める。青山二郎、河上徹太郎、小林秀雄らを知り、審美眼と骨董、文章を修業。『能面』『かくれ里』で読売文学賞受賞。1998年逝去

前登志夫[マエトシオ]
1926年、奈良県生まれ。歌人。55年より詩から短歌に転じる。68年より「山繭の会」を主宰。第三歌集『縄文紀』で迢空賞、『青童子』で読売文学賞、『鳥總立』で毎日芸術賞受賞。吉野山中での山住みのエッセイでも知られる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

Hatsumi Sakoda

3
文中に西行の話しが出てくるが、初めて読んだ白洲正子の著作が「西行」だった。新刊として読んだので随分昔の話になる。その西行に関連して、この対談からふと思ったのが論語読みの論語知らずということ。専門家はとかく素人の知見を批判しがちだし、確かにおかしいものもあるが、あまりに近すぎると却って見えないものもあろう。と、これはまあ自戒を込めて。2015/01/11

小倉あずき

1
白洲正子の随筆『夕顔』に前さんの『森の時間」を絶賛している回があって興味が湧いていたところに二人の対談本を図書館で見つけた。 メインは二人の対談で、正子の死後、前さんによって書かれた追悼の文章(懸想文のようにも感じる)、最後に正子の孫である信哉氏との解説対談という構成。吉野がたびたび貴種流離譚の舞台となっている理由に地政学上のこと以上に吉野が聖地・熊野へ通じる魔境であり、土地に磁力のようなものがあることが二人の会話を通じて伝わってくる。 それにしても信哉氏は祖母のことを「おばあさん」というのだな。2022/03/27

じろ

1
★★★ 対談相手がわからないのでよくわからなかったというのが正直なところではありますが…つくづくなんだかすごいところに生まれて全身でジタバタしたんだなぁ白洲正子さんは、と思って面白かった。このように老いたいものです。2019/01/02

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