出版社内容情報
“俺の首をかっ切ってみろ!”――アントニオ猪木は逆下克上発言を誰に放ったのか? 1980年代最高視聴率を記録、観客動員も絶好調だった“闘いのワンダーランド”は栄光の頂点から底なし沼に落ちた。
アントン・ハイセル問題に端を発し、IWGP決勝での猪木失神KOと長期欠場、タイガーマスクの電撃引退、クーデター派による猪木への社長退陣要求など、新日本帝国の瓦解と人間・猪木の苦悩に肉薄。
【目次】
第1章 「クーデター事件」が証明した猪木“不屈”の人間力
佐山聡
藤波辰爾
木村健悟
細田昌志
第2章 裏切りのクーデターを招いた猪木の夢「アントン・ハイセル」
猪木啓介
谷津嘉章
第3章 「猪木舌出し失神事件」で崩れ始めた“闘魂神話”の舞台裏
古?伊知郎
富家孝
第4章 「タイガーマスク引退」が象徴した猪木“絶対時代”の終焉
杉山頴男?ターザン山本
田中ケロ
第5章 激動の1983年に発覚した「アントニオ猪木監禁事件」の真実
添野義二
特別コラム「猪木監禁事件」もう一人の当事者“二丁拳銃の唐田”の証言
【目次】
内容説明
「俺の首をかっ切ってみろ!」逆下克上発言とは何だったのか?視聴率&観客動員最高潮の新日猪木砦に激震。
目次
第1章 「クーデター事件」が証明した猪木”不屈”の人間力(佐山聡 「クーデターはタイガーがやった」という先輩の言葉はショックでした;藤波辰爾 気がついたら担がれて、クーデターの神輿に乗っかっちゃっていた感じ;木村健悟 クーデター派に永源遙、藤波辰巳の名前があったことは衝撃だった;ノンフィクション作家 細田昌志 クーデター事件を招いたのは、倍賞美津子への愛と猪木の”オヤジ殺し”)
第2章 裏切りのクーデターを招いた猪木の夢「アントン・ハイセル」(猪木啓介 選手が社債に払ったお金はどこかで消えて、ハイセルには入ってきていない;谷津嘉章 ハイセルの社債を300万円買ったけど、いまだにお金は戻ってこない)
第3章 「猪木舌出し失神事件」で崩れ始めた”闘魂神話”の舞台裏(元『ワールドプロレスリング』実況アナウンサー 古舘伊知郎 猪木さんはホーガン戦に、「死んでもいい」くらいの精神状態で臨んだ;元新日本プロレス・リングドクター 富家孝 救急処置をしながら、”失神した猪木さん”が喜んでるのがわかった)
第4章 「タイガーマスク引退」が象徴した猪木”絶対時代”の終焉(『週刊プロレス』初代編集長 杉山頴男×『週刊プロレス』2代目編集長 ターザン山本 タイガーマスクの爆発的人気を”勝算”に創刊した『週刊プロレス』;元新日本プロレス・リングアナウンサー 田中ケロ タイガーマスク引退は、「変なマネージャーに洗脳されている」と思った)
第5章 激動の1983年に発覚した「アントニオ猪木監禁事件」の真実(世界空手道連盟士道館総帥 添野義二 「猪木監禁事件」は監禁ではないし、猪木さんが怯えていた事実もない)
著者等紹介
藤波辰爾[フジナミタツミ]
1953年、大分県生まれ。70年に日本プロレスに入門。72年、新日本プロレス旗揚げに参加。ジュニアヘビー級のスターとして活躍し、82年からヘビー級に転向。長きにわたり新日本のエース格として活躍し、「名勝負製造機」と称される。99~2004年には新日本の社長を務めた。06年、新日本を退団し、「無我ワールド・プロレスリング」に参加。08年、団体名を「ドラディション」に変更し、今も現役続行中。15年3月、猪木に次ぐ日本人2人目のWWE殿堂入り
佐山聡[サヤマサトル]
1957年、山口県生まれ。75年に新日本プロレスに入門し、76年、プロレスデビュー。海外武者修行を経て、81年にタイガーマスクとしてデビュー。その華麗な動きで一大プロレスブームをつくり上げ、新日本の黄金時代を支えた。83年、人気絶頂のさなかに引退。翌年、第一次UWFに参戦。UWF離脱後、シューティング(現・修斗)を設立し、近代総合格闘技を創始。2005年にはストロングスタイルプロレスを設立し、初代タイガーマスクとして現在も活躍。22年7月には新武道「神厳流総術」を発表
古舘伊知郎[フルタチイチロウ]
1954年、東京都生まれ。77年、テレビ朝日にアナウンサーとして入社。同年7月には『ワールドプロレスリング』実況中継担当に。独特な表現は”過激な実況”として人気を博し、新日本プロレスの黄金期を支えた。84年6月にテレ朝を退社。以後はフリーアナウンサーとして87年3月まで同番組の実況を務めた
猪木啓介[イノキケイスケ]
1948年、神奈川県生まれ。猪木家の末弟で、アントニオ猪木は一つ上の兄。57年に一家でブラジルに移住。71年に帰国し、新日本プロレスに営業として入社。アントン・ハイセルなどのブラジル関連事業にも携わる。その後、事業専念のためブラジルに渡る。2002年、猪木に請われ、永久電池事業の責任者として帰国。猪木夫人との関係から、一時期、猪木と没交渉が続いたが17年に再会。闘病生活を送った猪木の晩年を最期まで支えた(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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Eiki Natori
mm71
sheep book
72ki




