内容説明
「殿中でござるってばァ…」そう発することになってしまった旗本・梶川与惣兵衛は、「あの日」もいつもどおり仕事をしていた。赤穂浪士が討ち入りを果たした、世にいう「忠臣蔵」の発端となった松の廊下刃傷事件が起きた日である。江戸中を揺るがす大事件の目撃者、そして浅野内匠頭と吉良上野介の間に割って入った人物として一躍注目されるようになった彼は、どんな想いを抱えていたのか。江戸城という大組織に勤める一人の侍の悲哀を、軽妙な筆致で描いた、第3回歴史文芸賞最優秀賞受賞作。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
みっちゃん
154
あの日、松の廊下で何があったのか。「殿中でござる!」と浅野内匠頭を羽交い締めにして止めたという旗本、梶川与惣兵衛の回想。彼もまた勅使饗応の一員だったんだね。吉良上野介はプライドだけの意地悪爺ではなく、浅野も精神に問題を抱えた沸点の低い男ではなく、共に聡明で優秀な人物だった。不運な連絡不足によるボタンの掛け違い、そして能力ではなく生まれで地位が決まってしまう当時の身分制度のせいで起こった悲劇。浅野に刀を抜かせた直接のトリガーがまさかの…これはやるせない。梶川のその後の後日談も何ともほろ苦い。2022/05/19
タイ子
98
本作が語る松の廊下刃傷事件。語るのはその場に居合わせた旗本・梶川与惣兵衛の日記。彼が「殿中でござる」と内匠頭を止めた超、超、大事な証人なのである。今ならマスコミがわんさと。吉良は悪、浅野は善、この構造は正しいのか。本作から読み解く2人のあれやこれ。なるほど、どちらもいい人じゃん!城で行われる大事な行事が全ての元。有名な畳替え事件もそうだったのかと目からウロコ。「おどれぁ何しとんじゃ、このボケカスがぁ!」これって、浅野さんが発したんですよ。でもね、与惣兵衛は2人が大好きだからこちらまで泣けちゃうんですよ。2024/12/15
kk
95
忠臣蔵ファンには「殿中でござる!」の台詞でお馴染みの旗本・梶川の視点に仮託した、アナザー「松の廊下」物語。タイトルを見て、軽いタッチのパロディ的なユーモアなものを予期していたのですが、それなりにシリアスで読み応えもある小説でした。偉い人の間に挟まれて苦しみ抜く主人公の姿や、ミスコミュニケーションによる悪夢のような負の連鎖など、読んでいてとにかく身につまされる思い。kkのような勤め人にとっては物語の中に入って行きやすいのですが、そのぶん読んでて「痛い」です。映画にでもしたらさぞや面白かろうと思います。2021/11/01
ちくわ
94
『義経じゃないほう…』以来の白蔵さんである。歴史のメインストリートから少し外れた裏通りを、悲哀とユーモアで描く作家さんだ。となると主人公は第三者?「殿中でござる」のセリフは有名だが、当人は全く無名の梶川さんが主役であった。どの程度創作なのか不明だが、こう丁寧に経緯を描かれると、あの突発的大惨事の理由が驚くほどスッと腑に落ちる。と同時に梶川さんの「一番キレたいのは拙者でござる!」が聞こえてくる(笑)。 余談…白蔵作品は、脇役=ByPlayerにスポットを当てたメタ要素が強いので…略してバイメタ小説と呼ぼう!2024/10/16
やも
91
忠臣蔵の発端となった松の廊下刀傷事件までの日録。中間管理職というか、オブザーバーというか。人と人との間に立つって大変‼️吉良上野介と浅野内匠頭の間に入った、真面目な梶川与惣兵衛はたまったもんじゃない。良かれと思って余計な働きをしたり、空気を読まずに動かなかったり、悪気なく発した一言がバタフライエフェクトであれよあれよと変な方向に転がったり。現代社会でもあるあるだ。自分もやらかしてるかもしれない。皆が人間らしく、一生懸命やってただけなのにね🥲最後は夢半ばで見れなかった景色を思って、私も鼻水ぐしゃぐしゃよ。2024/12/16