内容説明
「殿中でござるってばァ…」そう発することになってしまった旗本・梶川与惣兵衛は、「あの日」もいつもどおり仕事をしていた。赤穂浪士が討ち入りを果たした、世にいう「忠臣蔵」の発端となった松の廊下刃傷事件が起きた日である。江戸中を揺るがす大事件の目撃者、そして浅野内匠頭と吉良上野介の間に割って入った人物として一躍注目されるようになった彼は、どんな想いを抱えていたのか。江戸城という大組織に勤める一人の侍の悲哀を、軽妙な筆致で描いた、第3回歴史文芸賞最優秀賞受賞作。
感想・レビュー
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みっちゃん
149
あの日、松の廊下で何があったのか。「殿中でござる!」と浅野内匠頭を羽交い締めにして止めたという旗本、梶川与惣兵衛の回想。彼もまた勅使饗応の一員だったんだね。吉良上野介はプライドだけの意地悪爺ではなく、浅野も精神に問題を抱えた沸点の低い男ではなく、共に聡明で優秀な人物だった。不運な連絡不足によるボタンの掛け違い、そして能力ではなく生まれで地位が決まってしまう当時の身分制度のせいで起こった悲劇。浅野に刀を抜かせた直接のトリガーがまさかの…これはやるせない。梶川のその後の後日談も何ともほろ苦い。2022/05/19
アナーキー靴下
82
松の廊下で止めに入った梶川与惣兵衛視点で語られる「忠臣蔵」とは面白そう、と読むもなかなかにストレスフル。「愚鈍な」与惣兵衛は両者にすぐほだされてチョロい奴、良い人同士が意志疎通しくじってる様を知りながらもオブザーバーの位置を脱せず、中立の立場を取るならドライに徹するしかないのに…ってこんなの私じゃん、と片腹痛い。でも本を閉じて思ったのは、仮に与惣兵衛が何度もタイムリープしたとしても、破局は絶対回避できないやつなんだろうと。与惣兵衛はまさに「人の世の阿弥陀」、ささやかな感謝を受け、人の恨み悲しみに涙する。2022/05/29
じいじ
76
むかしは12月になると何はともあれ、47士の敵討ち「忠臣蔵」に気をそそられたもんです。今作は「刃傷松の廊下」の名場面、唯一の目撃者・梶川与惣兵衛の「ケンカは両成敗であるべき!」の視点で語られます。そもそも、この「忠臣蔵」も「殿中でござる!」と浅野内匠頭が羽交い絞めされていなかったら、老人の吉良は一太刀のもとに殺されていただろう。そうなっていたら、赤穂藩の武士47人による敵討ちは生まれなかった訳だから、歴史も変わっていました。異聞「忠臣蔵ー松の廊下篇」は奇想天外な発想で面白かったです。2023/12/18
旗本多忙
65
江戸城松の廊下で浅野内匠頭が吉良上野介を斬った。深い遺恨を持って刃傷に及んだ内匠頭は即日切腹、後年赤穂家臣は仇敵吉良を討った。これがよく知る忠臣蔵の概要。吉良は強欲なジジイといわれているが、本書での吉良は謹厳実直で、政務に関しては非常に信頼も厚く、饗応役の内匠頭も敬意を払う存在であった。何故こういう事が起きたか、吉良と内匠頭の間で連絡雑務をこなす留守居役梶川与惣兵衛が生で見た顛末が書かれているのだが、果たして吉良が悪いのか内匠頭が悪かったのか・・・本当の理由は何か。「討ち入りたくない内蔵助」に進む。2022/04/04
みやび
65
松の廊下で刃傷沙汰を起こした浅野内匠頭を必死で止めた旗本・梶川与惣兵衛が、自身の視点で語った物語。勅使饗応の勤めを立派に果たすため、皆が懸命に準備に励むも、小さな誤解や認識のずれ、言葉のすれ違いが頻繁に起こり、更には身分による壁が意思の疎通を阻害して、修正不可能な状況にまで追い詰めていく。何もかもが呪われたかのように悪い方へ進む様がどうにもやり切れない。「殿中でござる、殿中でござるってばァ…」与惣兵衛の悲痛な叫びが胸に刺さる。案外真相はこんな感じだったのではと思わせる面白さ。忠臣蔵は本当に興味深い。2021/05/12