ラヴェルピアノ曲集 〈7〉 - ペルルミュテールが作曲者自身に演奏したラヴェル作品 クープランの墓

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ラヴェルピアノ曲集 〈7〉 - ペルルミュテールが作曲者自身に演奏したラヴェル作品 クープランの墓

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  • サイズ A4判/ページ数 44p/高さ 31cm
  • 商品コード 9784276435360
  • NDC分類 763.2

出版社内容情報

ラヴェルの名曲の楽譜に、作曲者の高弟ペルルミュテール所有の楽譜に書き込まれたレッスンの指示、自らのメモなどを再現。小品以外では、ラヴェルの最後のまとまったピアノ作品。1914?17年にかけて作曲され、6曲がそれぞれ第一次世界大戦で命を落としたラヴェルの友人に捧げられている(?=ジャック・シャルロー、?=ジャン・クルッピ、?=ガブリエル・ドゥリュック、?=パスカル・ゴダン、?=ジャン・ドレイフュス、?=ジョセフ・ドゥマルリアーヴ)。そのような成立事情もあって、原タイトルの[Le Tombeau]は「墓」と呼び慣わされてきたが、フランスでこの言葉は(音楽に限らず文学作品においても)「?に捧げられた(墓碑銘)」という意味で用いられ、hommageとほぼ同義である。この作品の純然たる作曲動機も、偉大なる先人クープランを模した、擬古的な舞曲の枠組みのなかで、ラヴェルらしい先取の試みを書き留めることにあった。また、多くのピアノ作品がそうであるように、ラヴェルの頭のなかで、各声部はオーケストラのしかるべき楽器の響きを伴って鳴り響いていたのだろう。19年4月に行われたマルグリット・ロンによるピアノ版初演ののち、翌年2月には(オリジナルから4曲を選び配列を変えた)管弦楽版の初演が行われている。第一次世界大戦によってヨーロッパ全土と北米にもたらされた近代戦の悲惨な戦禍と長い疲弊を考えるとき、この明るい典雅な響きを、けっして声高にならない反戦の歌と聴くことは、あながち無理ではないかもしれない。ラヴェルの高弟ペルルミュテール所有の楽譜に書き込まれたレッスンの指示、自らのメモ、ぺダリングの工夫、フレージングの強調、込み入った音符を右左手いずれで取るか、など実用性の高い情報を青版で整理して再現。また、底本にはほとんど入っていない運指は初めから墨版で刷り込んだ。どうやったら弾けるか、がわかる学習版として希少な価値を持つ、と本国でも原本は高い評価を得ている。



校訂者による序/校訂者略歴/底本に印刷された楽語(以上、仏日対訳)

? PRELUDE、? FUGUE、? FORLANE、? RIGAUDON、? MENUET、? TOCCATA(青版と墨版による2色版)



ヴラード ペルルミュテール[ヴラード ペルルミュテール]
校訂・監修:1904年5月リトアニア生まれ(ポーランド系)。10歳の時、一家でパリに移住。モシュコフスキーに学び、13歳で当時フォーレが院長を務めていたパリ国立高等音楽院のコルトーのクラスに入学。2年後の15歳で一等賞を得て卒業。ラヴェルのすべてのピアノ作品を作曲家の前で演奏し、助言を受ける。生前2度にわたって、作曲家臨席のもと全曲演奏会を開く。

岡崎 順子[オカザキ ジュンコ]
注釈・訳:桐朋学園出身。横井美智子、故井口愛子、菊地麗子、遠藤郁子に師事。1981年よりペルルミュテールに師事。1985年パリ・エコールノルマル音楽院ピアノ演奏科卒業。1989?90年、ペルルミュテールのマスタークラスの通訳を務める。爾来、パリで演奏活動を続ける。