ウィーン・フィルとともに―ワルター・バリリ回想録

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  • サイズ B6判/ページ数 186,/高さ 19cm
  • 商品コード 9784276217935
  • NDC分類 762.346
  • Cコード C1073

内容説明

戦渦をしのいだ名門オーケストラ団員たちの知られざる苦闘。往年の名コンサートマスターが証言するウィーン・フィルの「戦争と平和」。

目次

オーストリア共和国~相次ぐ改革
転機の一年
夏、涼を求めて
運命の日―一九三八年九月一日
日記
新しい門出
終戦後最初のシーズンを迎えて
愛しきザルツブルク
バリリ四重奏団
カルテットと南米へ〔ほか〕

著者等紹介

バリリ,ワルター[バリリ,ワルター][Barylli,Walter]
1921年ウィーン生まれ。5歳からヴァイオリンを弾き始め、ウィーン国立アカデミー(現ウィーン国立音大)に学び、その後ミュンヘンでロイターに、さらにウィーンでマイレッカーに学ぶ。1936年、ミュンヘンでソリストとしてデビュー。1938年、17歳にしてウィーン国立歌劇場管弦楽団およびウィーン・フィルハーモニー管弦楽団に入団。1939年、両楽団の第1コンサートマスターに就任。オーケストラでの活動と並行して、独奏者としても活躍したほか、1945年にはウィーン・フィルの同僚たちと「バリリ四重奏団」を結成、1959年頃まで精力的に録音や世界各国へのコンサートツアーを行う

岡本和子[オカモトカズコ]
オーストリア社会・文化史研究、通訳・翻訳家、慶応大学および上智大学非常勤講師。4歳~8歳までフランス(パリ)、8歳~高校卒業までオーストリア(ウィーン)で育つ。ウィーンの独仏バイリンガル・スクール卒、仏バカロレア取得後帰国。慶応義塾大学美学美術史学科(音楽学)卒、東京大学大学院ドイツ語独文学科修士課程修了。NHK衛星放送の独・仏定時ニュースの同時通訳のほか、各種国際会議の通訳をつとめる他、クラシック音楽の世界にてFM音楽番組や雑誌で司会、インタヴュアー、エッセイスト、プロデューサーとしても活躍(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出版社内容情報

ウィーン・フィルの名コンサートマスターとして一世を風靡した著者が、その80年あまりの人生を振り返った自伝。

ウィーン・フィルの名コンサートマスターとして一世を風靡した著者が、その80年あまりの人生を振り返った自伝である。特に注目すべきは、著者がコンサートマスターに就任直後の、戦時下から戦後の復興時期にかけてのウィーン・フィルの状況がオーケストラの内部から、かつてなかったほどの生々しい描写をもって語られている点であろう。四重奏団としてのただ一度の来日(1957年)の際の日本の聴衆の熱狂ぶりも記述されている。90年代に米ウェストミンスターより数多く復刻された「バリリ四重奏団」の録音によっても、著者バリリは世代を越える人気をもっており、同時期に活躍したオットー・シュトラッサー著の『栄光のウィーン・フィル』(弊社刊)が絶版となっている現在、ウィーン・フィル・ファンにも非常に興味ある一冊となろう。
全編にわたり著者所蔵の貴重な写真を数多く収めた。

本書は……
はじめに
オーストリア共和国~相次ぐ改革
転機の一年
夏、涼を求めて
運命の日~一九三八年九月一日
日記
新しい門出
終戦後最初のシーズンを迎えて
愛しきザルツブルク
バリリ四重奏団
カルテットと南米へ
世界をめぐる弦楽四重奏団
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の楽団長として
悲痛な音
教育活動
愛する家族
プレスバウムの家
三人の息子たち
旅は人生を豊かにしてくれる
再び日本へ
わたしのフランス生まれの恋人
訳者あとがき
年譜

【著者紹介】
ヴァイオリニスト。1921年ウィーンに生まれる。1934年ウィーン国立アカデミー(現ウィーン国立音大)卒。1936年、ミュンヘンでソリストとしてデビュー。1938年、ウィーン国立歌劇場管弦楽団およびウィーン・フィルハーモニー管弦楽団に入団。1940年より両楽団のコンサートマスターを務める。1945年、ウィーン・フィルの同僚たちと「バリリ四重奏団」を結成し、オーケストラ活動と並行して、1959年頃まで精力的に録音や世界各国へのコンサートツアーを行う。1967年、ウィーン・フィル楽団長に就任。1973年に引退、後進の指導へと活動の中心を移す。1986年、ウィ-ン音楽院教授の職を退き、ウィーン楽友協会理事に就任、現在に至る。

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