内容説明
悲嘆にともる光。地上のどこにも娘はいない。街じゅうに、家のそこかしこに、確かな存在感を残しながら。『隣に座って』(闘病編)のその後。波のように引いては満ちる悲嘆と、それが育む新しい自分。
目次
プロローグ ミホの葬儀での夫のスピーチ
第1章 一年め
第2章 二年め
第3章 三年め
第4章 四年め、そして
エピローグ ある友への手紙
補遺『隣に座って』出版記念講演会の原稿
著者等紹介
中村佐知[ナカムラサチ]
1963年徳島県に生まれ、2歳から21歳までを神奈川と東京で過ごす。国際基督教大学在学中に、交換留学で渡米。その後もアメリカで大学院に進学し、プリンストン大学心理学科博士課程修了。哲学博士。シカゴ郊外在住。科学者の夫との間に三女一男を授かる。キリスト教書翻訳者。伝道者聖ヨハネエピスコパル教会会員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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itom
1
自分のとっても、よきグリーフワークになった 大変な作業ではあるが、自分の気持ちを書くことは必要2021/11/10
ころりん
1
副題「スキルス胃がんで娘を天に送った母のグリーフワーク」 細かなエピソードに号泣。 友人のお花とおにぎり、赤裸々な感謝メール、スーパーで出会ったママ友、「ミホの記念日」、ユリの花… 一番泣いたのは、最後の親友からのメッセージカード。 洞察ある思想は、現実の小さな足がかりがたくさんあってのもの。 嘆きと感謝、相容れないような二つをともに愛おしむ中でつむがれる珠玉の言葉が、今回もたくさん。 「境界線」訳者による、子どもを私物化しない、以上に、神が私を(どんなときも!)子として導かれるという境界線の証し。2021/01/16
あんこう
0
悲しみは潮の満ち引きのよう。-大事な娘を失った悲しみはなくなることはないし、それは自分にとって祝福ではなかった。でも確かに、悲しみのなかに、そしてそこから回復する途上にいつも主はおられる- 悲しいことが起こると、そこからどう回復するか?いつ元気になれるのか?ということに関心が行きがちで、出来事に思いを巡らせ、悲しみを味わうことを忘れがちだけど、その時間にこそ神の臨在とイエス様の十字架の意味、そしてほかにはない深い愛を感じることができる。悲しみと感謝は共に携えていて良い。発見の多い本だった2022/08/19