内容説明
ホームレス支援を始めて22年の著者が、「無縁社会」と呼ばれる現代にあって、真の「絆」の必要を訴える。
目次
1(隠れたる神―牧師になった理由)
2(「ホームレス」とはだれか;帰るところ;イエスはアホや ほか)
3(自分の十字架―絆が人を生かすから:ホームレス支援の現場で聖書を読む;荒野の食事―希望としての残されたパン)
著者等紹介
奥田知志[オクダトモシ]
1963年7月滋賀県大津市生まれ。関西学院大学神学部大学院修士課程卒業、西南学院大学神学部専攻科卒業。学生時代から大阪釜ヶ崎にて支援活動に参加。1990年から東八幡キリスト教会の牧師就任。その後、2000年にNPO法人北九州ホームレス支援機構を設立し、理事長に就任。現在、日本バプテスト連盟東八幡キリスト教会牧師、特定非営利活動法人北九州ホームレス支援機構理事長、ホームレス支援全国ネットワーク代表他(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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ネギっ子gen
59
【「ホームレス」との出会いから紡ぎ出された「絆の物語の神学」】無縁社会において、誰もが心の拠り所(ホーム)を必要とする中、教会は人々の帰るホームとなれるのか――。巻頭に、「隠れたる神―牧師になった理由」。礼拝メッセージと講演も収録。<苦難の理由がわからずとも、私たちは苦難から学ぶことはできる。この耐えがたい苦しみ、痛み、受けた傷から、新しいいのち、生き方を生み出すことができる。「復活はある」。そう宣言して生きていこう。この痛みを共有できるか、痛んだ人々に寄り添うことができるか。それが今問われている>と。⇒2023/04/26
あさり
10
牧師でありNPO法人の代表としてホームレス支援に取り組んでいる著者。ホームレスとは単に住みかを失った生活困窮者ではなく絆が切れた人々のことだという。ホームレス支援は物を与えることではなく絆を取り戻すこと。しかしその絆には傷が含まれている。キリスト教の考え方を正しく理解出来た訳ではないが、自分も対人援助を仕事にしている者の端くれとして激しく心を揺さぶられた。2017/01/04
Maki
9
牧師であることから、宗教的な記述や聖書などの引用が多く、私には難しいと感じる部分も多くあった。だけど、ホームレスと呼ばれる人との関わりの記述は目にうかぶ。人と人の関わりが絶たれた人に、生きているという実感はなく、再び生きることを選択させようと毎日声をかけ続ける奥田さんに共感と尊敬で胸がいっぱいになった。福祉に関わる私ができることはなんだろう。もう一歩踏み出したい。背中を押してくれた1冊。2017/06/13
愛希穂
3
ホームレスの人々の支援に20数年以上関わってこられた奥田牧師。 その支援を行うなかで、その出逢いと、出逢いを通して奥田牧師が教えられ、感じたことが書かれているのですが、読みながら、「私はどうか」と神様から問われているような気がしました。 また、聖書の箇所をいくつか引用し、そこからメッセージを書かれているのですが、教えられることばかりでした。聖書を読む姿勢についても教えられました。 本当に素晴らしい本で、多くの人に読んで欲しいです。2018/11/23
燐寸法師(Twitter @matchmonk)
2
⑴キルケゴールは言っている。「躓きとは、至高な神が卑賎な下僕の姿をとって自らを啓示したという背理である」。神は自らを直接的に神として示すこと(直接的伝達)をせず、そのような道理に沿わない、躓きの可能性に満ちた『間接的伝達』という方法をあえて選んだ。それは何故か。 2021/12/21