内容説明
1975年、日本海側のN***県が突如分離独立を宣言し、街は独立を支持するソ連軍の兵で溢れた。父は紡績工場と家族を捨てて出奔し武器と麻薬の密売を始め、母は売春宿の女将となり、主人公の「私」は親友の千秋と共に山に入って少年ゲリラとなる…。無法状態の地方都市を舞台に人々の狂騒を描いた傑作長篇。
著者等紹介
佐藤亜紀[サトウアキ]
1962年新潟県栃尾市生まれ。成城大学大学院修士課程(西洋美術史専攻)修了。1991年『バルタザールの遍歴』で第3回日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。2003年『天使』で芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。2008年『ミノタウロス』で吉川英治文学新人賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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ヴェネツィア
123
直接のつながりはないのだが、読後はアゴタ・クリストフを連想した。戦争に対峙する主人公たちの冷静さや、そこに巻き込まれていかない生き方が共通するといえばそうだ。物語はすべてが終ったところから、15年前のN県の分離独立と、それにまつわる戦争が回想される。伍長を失い、千秋を失った喪失感と哀しみが常に物語の底流にはある。一貫してゲリラ戦といった特異な状況の中にあったのだが、全てが終った後にやってくる諦念と無力感とは、我々の日常の時間のそれとあるいは等価であるのかもしれない。饒舌体の向こうにあるのは空無なのか。2014/01/18
ずっきん
54
冷戦下、日本から分離独立しソ連の庇護下に入ったN県。14歳でゲリラ兵となった『私』の回想録。刺々しい暗喩を纏った鉄球のような若僧語りが、どうしても素直に入ってこずに読み進めるのに苦労した。近著が洗練された大人の挑発なら、これはまるで拳の殴り合い。だがそれも中盤まで。望まずとも周囲は劇的に変化していく。少年も読み手もそのままではいられない。一気に引きずり込まれ、モヤモヤとしていた嫌悪も巻かれて霧散していく。尾を引くような幕引きも見事。読み終えてしまえば文句なしに面白かった。佐藤亜紀の若さを味わえ。2018/08/15
おにく
29
昭和70年代を舞台にした架空戦記ですが、読んでいて司馬遼太郎氏の歴史小説を思い浮かべました。いつの時代にも戦争のような事態に直面すると、それに呼応するように能力を発揮する人がいるようで、異能の伍長、闇取引で財をなした父親、戦争を生き抜き、優れた語り手としての役割を担う主人公も、そうした能力を持つ一人といえるでしょう。佐藤亜紀さんの本はこれで二冊目で、語り手の含みのある口調は、何か大きな隠しごとをしているように見えて読み飛ばすことができない緊張感がありました。2025/01/23
ω
27
ふう?読了ω 傑作とは聞いていましたがそれ以外の前情報なく、純粋に手に取りました! 日本のどこかN***地域が独立宣言、ロシアの支配下、そしてゲリラ? えっ?何の話? と、読み進めるとこれがつまり戦争であると。権力とか戦闘とか、静かに語られ続けます。想像する千秋くんも凄く魅力的。話者が主人公なので、たかしのイメージはぼんやりしていたけれど、戦後のストーリーもとても良かった。感想の難しい、稀有な作品でしたが、傑作には間違いなし(*ФωФ)2019/02/06
三柴ゆよし
25
本書は信頼できない語り手による歴史叙述によって、歴史そのものを相対化する試みといえる。語り手の数だけ歴史が存在するのであれば、つまるところ正史とはなにか。ハードボイルドにせよ甘美なロマンチシズムにせよ、歴史を巡る物語は、かくのごとき膨張と増幅を反復する他ないのである。物語の構造としてはストレートな紋切型を採用しているかにみえて、実のところあからさまな技巧を凝らした、ある意味では俗な小説(いったいオペラと文学を愛好する人間が俗じゃないということがあるかね)だと思うが、それでも抜群におもしろかった。傑作。2012/08/16