内容説明
小藩の若者たちが集う私塾・観月舎。下級武士の子・才次郎はそこで、道理すら曲げてしまう身分というものの不条理を知る。「たとえ汚れた道でも踏み出さなければ―」苦難の末に権力を手中に収めたその時、才次郎の胸に去来した想いとは。生きることの切なさを清冽な筆で描ききる表題作など全四編を収録。
著者等紹介
乙川優三郎[オトカワユウザブロウ]
1953年、東京生まれ。千葉県立国府台高校卒業後、国内外のホテル勤務を経て96年、「薮燕」でオール読物新人賞。96年、「霧の橋」(講談社)で時代小説大賞、2001年、『五年の梅』(新潮社)で山本周五郎賞。『喜知次』『蔓の端々』(ともに講談社)が直木賞候補に挙がるなど、いま最も期待される時代小説の書き手である
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感想・レビュー
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じいじ
93
中編の表題作と三短篇。生きることの切なさと儚さを乙川さんらしい静謐な筆致で紡いだ、一本筋が通った深い味わいの一冊です。【椿山】主人公の青年武士は、いまひとつ好きになれなかったが…。家柄や身分の違いを重んじる武家社会で懸命に生きる若武者たちの姿は、すごく面白かった。親兄弟の犠牲で娼妓となって、下向きに生きる女【ゆすらうめ】。相思相愛で夫婦に…。裏切って家を出て行った亭主を、いつか帰ってくると待つ健気な女【白い月】。嫁と姑の確執を描いた【花の顔】。どの作品も読み終えるのが口惜しくなる秀作です。2020/03/26
ふじさん
78
「椿山」は青春小説で、才次郎は、道理をすら曲げる身分というものの不条理を知り、ひたすら権力を手中に収ることに力を注ぐが、そこで待っていたものは何か?虚しさだけが残る。人生は綺麗ごとだけでは済まされない、才次郎の生き方には反発も覚えたが最後に救われた。「花の顔」は、嫁と姑の確執が語られ、心が痛んだが、最後の展開は救いとなった。「ゆすらうめ」は、6年の年季を終えて色茶屋暮らしから足を洗った女とこの世界に戻らぬように心を砕く番頭に対する女の気遣いが見え隠れする、番頭は分かったか。生きることはなんと切ないのか。2025/02/07
アッシュ姉
69
連勝街道を驀進中の乙川さん八冊目。市井ものと武家もの両方を堪能できる短編四編。年季明けの娼妓の行く末を案ずる色茶屋の番頭、博打にのめり込む亭主を見捨てられない職人の妻、痴呆の姑の介護を一人きりで背負う武家の嫁、不条理な身分社会に対し出世を誓う下級武士の若者。生きていく苦悩と苦難の先の仄かな救いが、もどかしいほど切なく綴られている。乙川さんの作品は読み返したいので手放せない保存本ばかり。2018/03/26
クリママ
49
表題作含む4編。3編目までの短編は、貧しい家族や夫、姑の犠牲となって生きるしかなかった女性の物語で、やるせなく辛い。「椿山」は読みごたえのある中編。輝かしい未来を描く青年武士が不運な巡り合わせから心を失う。いつの世も派閥、出世から逃れることはできず、いっそ初めから清廉潔白を望む気持ちなど持たなければ楽に生きられるのにと哀れだった。この作品集も重く暗かった。2021/03/25
キムチ
44
薄いのに、じっくり読み返したい情趣にあふれる短編集。表題を含め、生き方が不器用でもがくほどに自縄自縛になって行く男女の姿が読み手にはやり切れず、たまらない。「ゆすらうめ」はちょっとの風でも花を散らすことから付いた名。意を現わすようなおたかの生き方。「花の顔」のさと。江戸期にもあったろう認知介護の話。心を封印して、それでも時のコマを進めるより他がない女の生き方が吐息をつかせる。「椿山」これも己を封印して、成し遂げた立身出世。恋した女も離れ、家族にも背を向けられ、その果ての哀しい生き方。でも皆、生きて行った。2014/03/30