出版社内容情報
一九六〇年代前半、東京オリンピック前後の、この都市の諸相。中心をもたず多頭多足のアメーバーの街。その泡沫に似た賑わいを活写するルポルタージュの名品だ。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
さきん
23
1963年、1964年と東京オリンピック前夜の東京を描く。下水処理施設、愛犬家、紙芝居、日本橋界隈、新宿界隈、ドヤ街、東京タワー、政治、労災病院など。一人当たりのGDPが世界23位と2018年時の日本の順位と同じくらい。盲導犬がまだ3匹しかおらず。下水道整備率も20%と低く、農村地帯からの出稼ぎも目立つ。2018/11/24
奥澤啓
19
ちなみに『開高健全集』には『ずばり東京』全編が収録されている。興味のある方は、ぜひ、全集で「悲しき在日朝鮮人」を読んでほしい。元版は古書市場にはめったにでない。帯付きも少ない。公立図書館にはある取り寄せには時間がかかる。私は国会図書館からとり寄せて読んだ。初出も確認した。元版にはない写真が一枚あるが、テクストは元版と異同はない。ここで疑問が生じる。前述の川西氏が千世が在日コリアンであるという指摘の根拠は何かという問題である。それについては現在調査中である。なにかつかめれば報告したい。2019/10/01
奥澤啓
16
けれども、在日朝鮮人に対するアカデミズム内での昇進差別を千世は熟知していたのであろう。千世は大学院には進学はしていない。大学院にすすむだけの資金もなかったにちがいない。しかし、どうしても学者になりたいという願望を捨てきれずに日本を離れた。日本国内では自分の能力を生かす場がなく、それを海外に求めるほかなかったにちがいない。現実世界での開高はそれを知っていた。したがって、『夏の闇』を読み解く試みにおいて、本文庫に収録されなかった「悲しき在日朝鮮人」はきわめて示唆的なのである。2019/10/01
奥澤啓
15
私のこの文章が『夏の闇』の一面を理解する、あるひとつのヒントになればいいと切望する。『夏の闇』をどこまで多面的に理解し、解釈することができるだろうか。もちろん、『輝ける闇』に続く、『闇』シリーズの二作目として『夏の闇』は書かれた。その連続性に通底するのは開高のベトナム体験であることはいうまでもない。けれども、1968年のパリとボンが舞台のこの小説を理解するには、また別の視点が必要となる。「パリの五月革命」、「プラハの春」、そして「プラハの春」に対しておこなわれたワルシャハ軍ににチェコスロバキア侵攻である。2019/10/03
奥澤啓
14
しかし、開高は自分が惚れぬいた「女」が在日朝鮮人であることを確実に知っていたのだと私は考える。そして、その事実を『夏の闇』において、きわめて非具体的に、きわめて非直截的に、そして、ひじょうに婉曲に、ひじょうに遠回しな文体を駆使して比喩的、暗喩的に描写している。それは『夏の闇』の随所に見られる。『夏の闇』で開高は「女」に「ヤマト」という言葉を使わせている。これは「女」(佐々木千世)が「自分は日本人でない」という意味合いを持つ、きわめて象徴的な表現なのだと考える。「悲しき在日朝鮮人」をめぐって長い文章を書いた2019/10/03