出版社内容情報
日本人として初めてヨーロッパとアメリカを制覇したハナエ・モリが満を持して放つ自伝。その栄光と挫折を描きつくす、人間のドラマ。
内容説明
不世出のデザイナーがすべてを綴った自伝。
目次
パリから東京へ
オートクチュール仕立ての秘密
オートクチュールとの出会い
女性デザイナーの目覚め
映画衣裳という名の学校
父と私
東京からニューヨークへ
日本製ドレスのジェット便
冬のニューヨークの思い出
インドと中国の美〔ほか〕
著者等紹介
森英恵[モリハナエ]
ファッションデザイナー。1926年、島根県生まれ。東京女子大学卒業。1950~1960年代前半にかけて日本映画の衣裳デザインを担当。1965年、ニューヨークで初の海外コレクションを発表、1977年から唯一の東洋人としてパリ・オートクチュール組合に属し、活動を展開した。2004年、パリ・オートクチュール界を引退。数多くの舞台衣裳、ユニフォームも手がける。1996年、文化勲章、2002年、レジオン・ドヌール勲章オフィシエを受章(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
夜長月🌙
52
森英恵さんは有名なファッションデザイナーくらいの認識でいましたが実に世界的な活躍をされています。日本人として初めてのオートクチュールのクチュリエ。当時、パリのオートクチュールは24ブランドのみでした。カラーで紹介されているファッションショーの様子は一見の価値があります。2024/12/06
Willie the Wildcat
27
転機の”とき”で振り返る半生。根底に、国、日本人、そしてデザイナーとしての気概。中でも『Madama Butterfly』が掛詞的で印象深い。哲学の「バランス感覚と和」が築く信用と人脈。シャネル氏が仕事への”目覚め”、松本氏が同志であり同士。民事再生適用で陰ることのない生き様。先人の拓いた道。Professionとして遺した結果は無論のこと、人としての言動、開拓者としての心意気に敬意!蛇足ですが、洋服は”肩”なんですね。2014/10/15
おかむら
24
去年96歳歳でお亡くなりになった森英恵が2010年に出した自叙伝。表参道にビルあったなあ、タオルとかスリッパとかなんでも蝶だったな、JALの制服作ったよな、とか、ま、知ってはいるけどあんまり興味なかった森英恵。スゴイ人だったわ。中年以降に超エネルギッシュ!スゴすぎてたぶん朝ドラ枠に収まらないな。昭和30年代の日本映画200本(驚きの有名作品ばかり)の衣装デザインは森英恵だそうです。NHKで「森英恵と映画衣装」って番組作ってくれないかしらん。またはどっか美術館で森英恵回顧展やってくれないかなー。2023/04/11
くりちゃん
2
先日幼少期からの森英恵さんのストーリーをテレビで見て、早速この本を読んでみた。両親特に父親似の影響も有ってか、好きな物作り服飾を学びついにはオートクチュールのクチュリエとしてパリに進出。東洋の日本人が西洋の服を作るパイオニアとして幾多の困難をくぐりぬける。要所にご主人や2人の息子さん、親友の松本弘子さんをはじめ周囲の方々への感謝が綴られ、それだけ人に愛される人柄が想像出来た。2026/03/27
さと
2
96歳でお亡くなりになった森英恵さんが80歳を過ぎて自身を振り返った自伝。ココ・シャネルのサロンを訪れ、スーツをオーダーした初の東洋人だと知った。シャネルと直接言葉を交わすことはなかったが、職人たちを通じて服づくりの哲学を学ぶ。見せるだけでなく着心地の良い服を、という男性デザイナーには欠けていた視点があったという。オートクチュールに縁のある人生だったらなあ‥2022/08/19




