日本人の「自由」の歴史―「大宝律令」から「明六雑誌」まで

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  • サイズ B6判/ページ数 353p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784163730301
  • NDC分類 210.04
  • Cコード C0095

出版社内容情報

明治維新以降のミルなどの西欧思想の導入によって「自由」という概念が日本に初めてもたらされたという誤謬を正す画期的名著。

内容説明

紫式部も「自由」を知っていた!日本人は西欧近代の開始よりもはるかに早い時期に己の精神的財産の一品目として「自由」を享受し運用していた。「自由」は西欧近代精神の象徴的特産物に非ず。

目次

第1章 「六国史」の時代―紫式部は「自由」を知ってゐたか
第2章 国語の古典としての『白氏文集』―「閑適の自由」の伝来
第3章 「近代」は鎌倉時代に始まる―武士の「自由」と「道理」
第4章 仏教論議の中の「自由」―密教及び禅家に於いて
第5章 乱世の「自由」と法意識―庶民層に浸透してゆく「自由」概念
第6章 キリシタン文献に見る「自由」―異文化の完全な翻訳は可能か
第7章 江戸の知識人と「自由」―禅家・儒者・石門・国学の大人・文人墨客・蘭学者達
第8章 維新期の啓蒙思想家達―忽ち到来する濫用の時代

著者等紹介

小堀桂一郎[コボリケイイチロウ]
昭和8年東京生まれ。昭和33年東京大学文学部独文科卒業。昭和36~38年旧西ドイツ・フランクフルト大学に留学。昭和43年東京大学大学院博士課程修了、文学博士、東京大学助教授。昭和60年同教授、平成6年定年退官。平成16年まで明星大学教授。東京大学名誉教授。比較文化・比較文学、日本思想史専攻。著書に『若き日の森鴎外』(東京大学出版会、昭和44年度読売文学賞)、『宰相鈴木貫太郎』(文藝春秋、文春文庫、昭和58年度大宅壮一ノンフィクション賞)など多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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ゲオルギオ・ハーン

21
著名な国際的な政治学者に、日本における「自由」の思想は明治に西洋によってもたらされたと言われ、納得(またはスルー)できなかった著者は古代からの思想関連の本を中心に引用しながら考察していくという一冊。面白そうだが、解説ではなく著者の考察メモ的な面が強く、著者が思想史特化で歴史に強く(それ以外は内容的に怪しい)、歴史観が独特(例:日本は鎌倉時代から近代。それまでは上代)なのもありとても読みにくい。断片的に面白い話もあるが、人や時代によって「自由」の考えは違うから、理屈としての展開も結論も歯切れが悪い。2022/03/03

Masatoshi Oyu

3
自由とは明治の翻訳語と思われがちだがさにあらず、ということで、その語史が日本書紀から明六雑誌にいたるまで、意味や用例の変遷を踏まえてまとめられている。本書で重要なことは、”freedom","liberty"と「自由」は異なるという点だろう。前者は抑圧、圧政からの解放というニュアンスが強く、おそらく出エジプトやバビロン捕囚等の歴史に根差しているのではないか。他方、後者は哲学的には禅において深化され、「松が松となること」を意味する。その意味はおそらく「汝自身を知る」を究めていくということではないだろうか。2018/03/19

メルセ・ひすい

1
14-13赤14緒言から「自由」の語彙論議…シンポで国際政治学者曰く、「自由」とは、西欧文明の成熟した理念なのだ!発言に争気、『後漢書』から使用されていた古典漢語!自制的伝統ナノダ!蘊蓄を喝破。米国武者修行の鈴木大拙も…松や竹の自由という禅の語義として称揚していた。と例示。日本人は、西欧近代の開始よりもはるかに早い時期に、己の精神的財産の一品目として「自由」を享受し運用していた。「自由」は明治維新以降の西欧思想の導入ではない。因みに、メルセ ・哲学・理性・原理・主観・意識・概念・帰納は西周の造語なのだ2010/11/05

diatom

0
「自由」という言葉は明治期に西洋から翻訳された用語と誤解されることが多いけれど、日本人は、古くからこの言葉を使いこなしてきた。このことが、文献に基づいて緻密に論証されている。2020/05/20

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