内容説明
「教え」と「学び」を温かくのびやかに綴った初のエッセイ集。
目次
「カモン、ユーア・ガイズ!」―四半世紀おくれのツェッペリン体験
サモアのバスは冷えた身体を暖める―傍若無人の構えから、やりとりの構えへ
闇を共有する権利
合言葉は「換骨奪胎」―クリエイティブな関係性への「ずらし」のタクティクス
かったるい身体の過剰なエネルギーの行方―私たちは疲れているのか、それともだるいだけなのか
価値感の時代の到来―観の衰退に抗する技術への持続的意志
ドン・キホーテは、なぜ死んだのか―妙にやわらかな身体と教師の身体
教師の資質としての偏愛=抵抗の構え
スタイル間コミュニケーションの方へ
ビルドゥングの技法としての密封錬金術―自己形成の島宇宙、渦にあえて巻き込まれることと一人きりになること
怒れる市民への成熟
半歩踏み出す身振りの技化―出る杭を打っているのは誰か
著者等紹介
斎藤孝[サイトウタカシ]
1960年、静岡生まれ、東京大学法学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士課程を経て、現在明治大学文学部助教授。専攻は教育学・身体論・コミュニケーション論。教職課程で中高教員を養成
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感想・レビュー
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なかの
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やりたいことが無い、趣味が無い…人間ほど管理しやすいものはない。能動的な趣味=偏愛は自由を奪う圧力に対する抵抗である。自分が好きなもの、かけがえのないものを踏みにじられた時に、否と言えないことの不幸がここにはある。 日本人は自分の意見を言えない。動けない体は教育によって量産されている。半歩踏み出すことを習慣として硬く強張った身体を柔軟にしたい。2019/03/12
せきかわ
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10年前くらいの自分を思い返すと、観念に寄り気味で肉体を疎かにし勝ちだったので、身体を指南する要素のあるものはとにかく取り入れようと必死だった気がする。齋藤孝さんの本には成長過程で助けてもらったと思う。