出版社内容情報
人生に疲れた40歳のファウストは、長年暮らしたミラノを離れてイタリアンアルプス近くのレストランで働き始める。山に囲まれ次第に人間らしさをとりもどしていたとき、狼たちが山からおりてきていた――。ストレーガ賞受賞作家が描く、人生やり直し山岳小説。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
buchipanda3
118
北イタリアの山岳へ、再び。山が結び付けた四人の男女。その彼ら彼女らが紡いだ連峰モンテ・ローザでの三十六景が描かれる。それは特別な光景ではなく、でも山に惹き付けられた者同士の触れ合いが心をくすぐり、素直な情感が呼び戻された。移り変わる街の景色や社会、そして人の気持ち。人はいつも不安で、それでも自らも変わろうともする。揺れる気持ち。でも山は変わらず居てくれる。人の心に関係なく。シルヴィアがパサンに問うた山への思い。そこに居てくれて良かったと。風、雲、そして太陽の安息を求めて人は戻る。狼が自分の山に戻るように。2023/04/23
ヘラジカ
67
どうしてこの作家の作品にはこうも心惹かれてしまうのか。コニェッティ作品でしか摂取できない栄養素があるとしか思えない。そこまで長い作品ではなく筆運びも軽やかなのに、豊かな旅行を楽しんだかのような清々しい読後感がある。大自然と人間を描くバランス感覚も絶妙。山岳と人間関係、どちらも等しく愛してきたこの作家にしか描けない、何百年経とうが色褪せない魅力が満ち満ちていた。この作品はどこまでも自由で切り開けているのに、底には微かに失われたものへの愛惜感と、漠然とした焦燥感が漂っている。それがまた美しい。素晴らしかった。2023/04/12
たま
61
『帰れない山』と同じモンテ・ローザを舞台に、冬のスキー場食堂と夏の登山小屋、食堂と小屋の主人、コック、女給仕、整備員、木樵、登山客、ガイド等々が登場する。北斎の富岳36景への言及があるがこの本も36+1の短い章から成りモンテ・ローザ36景の趣向。内面を掘り下げず環境の中の人間を書き、やや浅いと感じたが自然描写は巧みで楽しく読んだ。中で夏至の日の焚き火が印象的。聖ヨハネ祭の伝統か、五山送り火も連想され情趣深い。ただこの種の情趣はこの本の主眼ではない。もう一つ、ネパール人のガイドにはなるほどと感心した。2023/06/24
愛玉子
52
山は時に人を受け入れ、あるいは人を拒み、厳しくも美しくそこにある大きな存在。遠くで考えると「てっぺんに雪を被ったただの三角形」になってしまう山に、どうしてここまで惹きつけられるのか。北斎の富嶽三十六景を意識して紡がれた三十六章は、一章ごとはとても短いのに、唐松の香りや雪の冷たさや清冽な風が吹き抜けるような印象を残していく。永遠に続くものなどない、人の営みはもちろんのこと、変わらないように見える氷河も山も少しずつ形を変えていく。変わることへの期待と、懐かしく惜しむ気持ちと。湧水のように滋味深い味わいの作品。2023/06/22
つちのこ
49
前著『帰れない山』と『フォンターネ』を読んだ身には、優しさにうっとりと包まれる、あの心地よい感触を三度味わうことができたことが何よりも嬉しい。流れに身を任せるように気負わず、あくまで自然体に過ごす主人公ファウストのフォンターナ・フレッダの四季が、心にしみ入る感触で迫ってくる。山や自然の美しい描写を書かせたら右に出る者はいないと思えるくらいだ。お互いの体をザイルで結ぶファウストとシルヴィアの氷河のコンティ二アス歩行は、頼りなくも細い命綱だが、そこには決して切れることがない二人の深い愛情と絆を読み取れた。2023/08/18