内容説明
第二次大戦後、チェコスロヴァキアは混乱期にあった。母親に溺愛されて育ったヤロミールは、自分の言葉が持つ影響力に気づき、幼い頃から詩を書き始める。やがて彼は、政治的な思想を持つ画家や幼なじみから強い影響を受け、芸術と革命活動に身を挺する…絶対的な愛を渇望する少年詩人の熾烈な生と死を鋭い感性で描く。祖国に対する失望と希望の間で揺れる想いを投影した、クンデラの自伝的小説。仏メディシス賞受賞作。
著者等紹介
クンデラ,ミラン[クンデラ,ミラン][Kundera,Milan]
1929年、チェコスロヴァキアのブルノに生まれる。音楽家の父親の影響で幼い頃から作曲を学び、小説にも音楽的技法が色濃く反映されている。1952年にプラハの音楽芸術大学映画学部を卒業し、同大学で文学の教師になる。1967年発表の『冗談』で世界的注目を集めるが、1968年のソ連軍によるチェコへの軍事介入により教職を追われ、全著作が国内で発禁処分となる。1975年にフランスへ亡命し、1981年に市民権を取得する。冷徹な眼差しで人間の哀しさを描くクンデラの作品は、独特のアイロニーと知的なユーモアに満ちている。『生は彼方に』でメディシス賞外国文学賞を受賞。その他の代表作に『存在の耐えられない軽さ』や『不滅』などがある。国際的な作家として、精力的に作品を発表し続けている
西永良成[ニシナガヨシナリ]
1944年生、東京大学仏文科卒、東京外国語大学教授
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感想・レビュー
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優希
56
絶対的愛を求める少年詩人の生と死が失望と希望の狭間に揺れながら強烈に描かれていました。自伝的小説ということなので、クンデラは自らをヤロミームに置き換えて物語を紡いだのでしょう。自分の想いを投影した作品と言っても良いのかもしれません。2022/11/13
松本直哉
29
原題 La vie est ailleurs。〈彼方に〉というよりも〈ほかの場所に〉。ここではないどこかに、覚醒の現実ではなく夢想の中、眠りの中に、詩人の生があるのだとすれば、生はポリフォニー的であり、いくつもの生がパラレルに同時進行し、そこにはランボーやレールモントフなどの先達の生もこだまする。自画像のようにも思われる主人公の詩業への野心も名誉欲も女性への渇望も、ここではますます相対化・卑小化される。とりわけ詩と政治が結びつくとき、詩ががいかに凡庸なものとなるか。これは著者の詩との訣別の宣言なのだろうか2023/05/04
長谷川透
24
クンデラの若き時代の私小説。詩によって感化された主人公は自らも詩を書くようになるが、この小説のテクストが散文ではありながらも詩的な旋律を帯びており、驚くのは全7章の旋律が全て異なりオーケストラ音楽のように構成されいることだ。革命・クーデターの時代の渦中にいた人間にとっては、この時代を生きたと言うよりも時代の渦に巻き込まれたと言う言い方の方がしっくりくるのかもしれない。現実の時代の渦は音楽の旋律のようにただ快いものではなかったであろう。音楽の調べに乗せなければ語れない、何か切実なものがあったに違いないのだ。2013/09/26
Nobuko Hashimoto
18
演習で学生と読んだ。「1ページで、うわぁダメかもと思った」という感想が女子たちから。それもわかる。若くして詩人として頭角を現しながらも、女性との関係をうまく築けないで思い悩む「自尊心は高いが自信がない」少年の生々しくて痛々しい「恥辱にまみれた」話だから。私は主人公の母の妻として女性として母として悩み揺れる、そのリアルさに感心。チェコスロヴァキアの歴史に関心のある人にはそちらと絡めて読める分、より面白いかと思う。詳細はブログに記録。http://chekosan.exblog.jp/27989938/ 2018/01/11
柳瀬敬二
18
モテたい。チヤホヤされたい。若い男の頭の中には基本それしかない。主人公ヤロミールがいくら詩を書こうが共産党員として熱心に活動しようが、それは文学や社会主義での理想を現出させようというものではなく、現実生での名声や女の獲得という陳腐な方向へと向かっていく。自分の詩に対する価値観ですら、その場で注目を集めるためなら捻じ曲げることも厭わない。母の束縛から自由になることもできず、美女を前にすると怖気づいて逃げ出してしまう。彼の生涯はどこまでいっても喜劇的であり悲劇的である。2017/02/10




