内容説明
敗戦の記憶は、日本人の想像力を母子相姦的な構造の中に閉じ込めた。映像の20世紀の臨界点、戦後アニメーションの3人の巨人は、この「母性のディストピア」にどう対峙したのか?宮崎駿は「母」の胎内で飛ぶことを夢見る少年たちを描いた。富野由悠季はモビルスーツという仮初めの身体と架空年代記を繰り返し破壊しつつ、「ニュータイプ」という想像力を追い求めた―『ゼロ年代の想像力』に続く傑作評論、待望の文庫化。
目次
第1部 戦後社会のパースペクティブ
第2部 戦後アニメーションの「政治と文学」
第3部 宮崎駿と「母性のユートピア」
第4部 富野由悠季と「母性のディストピア」
著者等紹介
宇野常寛[ウノツネヒロ]
評論家。1978年生。批評誌「PLANETS」編集長。京都精華大学ポピュラーカルチャー学部非常勤講師、立教大学社会学部兼任講師も務める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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- 評価
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感想・レビュー
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ころこ
36
ゼロ年代批評っぽく冒頭の煽り文を書くセンスが根本的に合わないと感じでしまいます。要は自分を確かめるための文章ですが、著者の自己愛がこう叫んでいる様に聞こえます。「母さんなんて、ぼくのこと何も分かってないじゃないか!」この後、自ら展開される議論から批判されるようなことを不用意に書く必要があるのでしょうか。さて、本作は社会反映論です。①サブカルのコンテンツを批評し、②日本社会を論じるのですが、第1章が①で、第2章以降は①ということになります。①における目配りの広さ、言及の仕方はサブカル批評では最も読み易く、お2021/11/24
鼠∞
19
ガンダムシリーズをそこそこ観た上でリベンジ。当然ながら、ガンダムを知らなかった前回に比べると楽しめた。「母性」というキーワードで宮崎駿や富野由悠季を批評する時点でなかなかクレイジーな本書は、戦後の日本批評とアニメ批評をリンクさせているため難解でもある。ガンダムシリーズを(批判的ながらも)総括してくれているので、元々このシリーズがどういったコンセプトで作られたのかを見通すことができた。『逆襲のシャア』のショッキングなラストも、そういうことかと納得。『攻殻機動隊』を履修した上で押井守を論じた下巻へ。2021/08/09
鼠∞
19
ガンダムはおろかジブリすらロクに観てないせいでなかなかついて行けなかった。現状、読む資格さえないと思われるので、下巻読む前にこの辺を色々チェックせねば。日本が敗戦後負った傷跡がいかに様々なアニメ作品に顕れているかを批評しタイトルの「母性のディストピア」なる概念を提唱する著者。サブカル批評系は、読んでてちょっと穿ち過ぎじゃないかとか色々思うところがあるのは確かだけど、真っ当な批評なんかよりもぶっ飛んだモノの方が気になるのでそれくらいが丁度いい。2019/08/07
鳩羽
10
宮崎駿、富野由悠季、押井守といった日本アニメーションの巨人達が表現しようとし、ぶつかってきた困難について論じることで、現代日本の「政治と文学」「公と私」の分断から生じた個人の苦しみや社会の機能不全を明らかにできないか試みている。虚構でしか描けない現実を、個人にまで届かせるにはアニメは適したメディアだったろうが、大きな物語が通用しなくなったときから、遅かれ早かれアニメでも公を映す現実を全体に向けて伝えきれなくなるのでは。母性という言葉の使われ方や成長モデルが少年限定なところなど、一般化できるだろうか。2019/08/07
しゅん
9
戦後日本の、フィクションでも平和を貫くべきという左派と、あえてでも権威を演じるべきという右派の対立に、相互依存の馴れ合いを見る。著者はそれを「母性のディストピア」と名付ける。見せかけの平和や権威(父性)は、常に母体的な環境を必要とした。そして、母性はアメリカから与えられた戦後の環境からシフトし、情報社会のより完璧な環境へ変わり、「母性のディストピア」はより強固なものになっている。この現状と対峙するために、戦後アニメーションの果実を振り返り、日本の失敗を見つめ直すというのが、本書の主題設定である。2026/09/09




