内容説明
絶滅に瀕したアフリカの種族、キクユ族のために設立されたユートピア小惑星、キリンヤガ。楽園の純潔を護る使命をひとり背負う祈祷師、コリバは今日も孤独な闘いを強いられる…ヒューゴー賞受賞の表題作ほか、古き良き共同体で暮らすには聡明すぎた少女カマリの悲劇を描くSFマガジン読者賞受賞の名品「空にふれた少女」など、ヒューゴー賞・ローカス賞・SFクロニクル賞・SFマガジン読者賞・ホーマー賞など15賞受賞、SF史上最多数の栄誉を受け、21世紀の古典の座を約束された、感動のオムニバス長篇。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
藤月はな(灯れ松明の火)
99
ヨーロッパ化したケニヤに嫌気が差し、旧き良き本来のアフリカを復活させようと星に移住したコリバ。そこはユートピアとして成立するが・・・。コリバが子供達に語る寓話を読む度に寒気が走りました。だってこれ、「私(キリンヤガ)の意思に反する者はこういう報いを受けるんだ」って暗に脅しているようなものだから。だけど、人々はコリバを自分達の生活を都合良くしてくれるムンドゥムグとして見ていただけに過ぎなかった。旧世代を懐かしみながらも今の思考や道具によって立つ矛盾や共感もできる偏屈さを持つコリバ自身と接していた訳ではない2018/03/09
Kajitt22
54
過去の教訓からユートピアを作り、守ろうとする一途な男の寓話集。短編をつなげた立派な長編小説。主人公が子供達に話す物語はイソップ寓話のよう。進歩、向上心、グローバリズムに背を向けたユートピアはあるのか。理想は実現せず、歳を重ね自ら「姨捨山」に入ってゆく最後はそれでもわずかな希望を感じさせる。2019/04/30
ワッピー
37
再読。テラフォーミングされた惑星キリンヤガを舞台にケニアのキクユ族の真に伝統的な生活を再現する移住者たちを描く連作集。伝統の知恵を伝え、部族の掟を守るムンドゥムグ・コリバは、西洋文明を排斥し、キクユ族の生活の変質を認めず、老人や虚弱な者をハイエナの餌にし、逆子を殺す掟に固執する。しかし、一方で彼は惑星を管理する保全局とコンピュータで連絡をとり、天候すらコントロールすることができた。移住の趣旨を理解している高齢者が減り、若者が成長したとき、コリバにも止めようのない変化が訪れる…人間と文化の本質を見事に(↓)2020/04/10
白玉あずき
37
よく出来た説得力のある思考実験。残念ながら「ユートピア」はそれぞれの頭の中に存在する妄想に過ぎない。まあ、こんな考え方も不毛な相対主義なのかもしれない。コリバが「民は由らしむべし,知らしむべからず」を徹底した時点で、彼に対する私の評価は、”きわめて独善的なクソじじい”となった。ケンブリッジやイェール大を卒業して西洋的価値観を内面化し「知的に劣っている」人々を見下しているくせに、キクユ族の伝統守護を究極の目的として人々の生死にまで干渉し、自分の権威を守る。人は自分の姿は見えないもの、それは私も同様だが。2019/05/19
催涙雨
36
既に形骸化した文化を現代に再生させそれを保持しようとすると、営為と共に新たな変化が生まれ、唯一の青写真にしていた原理的な文化が少しずつ姿を変えていく。これは、新技術の干渉によって文化の姿が変わるような言うまでもない理屈よりもずっと面白い部分だと思う。コリバに関しては徹頭徹尾頑迷固陋でどうしようもない老人という印象が拭えず、基本的に共感できる点はない。ヨーロッパ人の技術によって再生した土着の文化というものは皮肉以外の何物でもない。ユートピアというまやかしの言葉が再生した旧弊になんの意味があるのだろうか?2019/11/14